期末レポート
「グローバル社会における医療の課題」という講義を通して自分が学ぶことができたと感じるのは、今、当たり前だと感じているこの世界は見えない誰かの考えや固定概念によって支配されているかもしれないということである。これは自分が普段、いかに物事を深く考えていないかということを痛感させるものであった。
講義の序盤に話題に出た、"自然の摂理"という考え方によって戦争が何が正義で何が悪なのか、戦争をすることの本当の目的などを知ることができた。戦争とは自然界に起こる縄張り争いとは違い、相手の生死を問わないという点と自身の目的と行動が一致していない点にあると思った。自然界では縄張り争いをする過程で相手を殺してしまうことがあっても殺すことが目的ではないということ、相手を殺したくはないが殺さなければ殺される、殺すことを正当化しなければいけなかったということである。このようなことを考えることによって"自然の摂理"から外れている物事について考えることが当たり前になっていることに疑問を持つことができるようになるための一歩になるのではないかと思うことができた。
回を重ねるごとにそれまでの考え方を用いて現代医療について考えることで今までの常識を考え直させられることが多くなっていき、その一つが現代医療にはデータに基づかないものがあるということである。個人的な話にはなるが、自分は物理に興味がある以上、教科書に書いてあることが本当にあっているのかということについて疑問を持つことや、突然出てくる数式に対してその成り立ちや理由を考える癖はつけていたつもりではあったが、この時代の医療がデータに基づかないなんてことがあるのかと思った。
しかし、このことが真に意味するのは字面が表すようなものではないのかもしれないと感じた。本来、体の中に存在しないものは等しく害のあるものであり、このことから治療に使われる薬も毒薬にあたるとのことであった。しかし、今ある薬が病気の原因となっているものを消滅または弱体化させることができる以上、この薬が人体に有益か有害かと問われれば有益と答えざるを得ない。ならば、毒薬と考える根拠は何なのか、それは薬による二次的な効果、副作用のようなものについての考え方ではないのかと感じた。薬が目的の効果を発揮することは認めるが、いまだにわからないことが多い人体に対してこの薬が他にどのような効果をもたらすかは保証しない、それが有害なものであるかもしれない、ということではないかと理解した。
先生のおっしゃることに対して疑問に思うことは多くあったが、否定するということは議論する可能性を無くすことにつながりかねず、危険なことだということは認識しているので、議論型のこの講義を通して賛成意見と反対意見の相違点を見つけ、その根拠となることについて解決策を見出すことが現代医療の問題点だけでなくその他の様々な問題について重要なことであり、打開策となるような独創的な考え方に行き着くための手段になるのではないかということがこの講義で学ぶことができたものであった。
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