期末レポート
私がこの授業で何でも信じるのではなく疑うことが大事である、と学んだ。そうしなければ物事の本質が見えなくなってしまうということだった。そのために先生は様々な例を持ち出した。その中でも印象に残っているのは医療に関する話題だった。抗がん剤は劇薬で体に毒なので使わないほうがいい。本来がんというもので死ぬケースはまれで多くは抗がん剤治療によって免疫力が低下して感染症にかかり死に至るというのが多いということを聞いた。また医師がなぜ余命宣告をすることができるのだろうかという話もした。先生の話では、健常者に抗がん剤を投与することはできないし、がん患者に関しても最後まで抗がん剤治療をしなかったというデータがないので比較することは難しく余命宣告ができるのはおかしい、余命宣告ができる理由としては医師が抗がん剤を患者に投与したために余命が短くなり、正確な余命がわかるのであると聞いたときは驚愕だった。薬というものは抗がん剤を含め製薬会社が研究を重ね、この病気には効くだろうと科学的に証明されているもので自然の摂理に反しているために体に入れるとすべて毒というのは言い過ぎではないかと考える。また余命宣告が正確にできるようになって医師や病院の権威が保たれているというのは今まで全く考えたこともなかった。戦争の話をした時もそうであったが何かを犠牲にしてお金を稼ぐというのは往々にしてあることなのかと思った。
また先生が繰り返し言っていた自然の摂理という話についても様々なことを学んだ。元来、人間は自然の中に生きて自然の摂理に基づいて行動すべきだが現代ではそれが軽視されていることを先生は指摘していた。戦争は人間の利益を追求した結果であり、自然の摂理から離れているというのはある程度理解できた。また自然の摂理を無視し利益を優先したために人の命が犠牲になったという話も理解できた。しかしそれを重んじすぎるのも問題であると考える。物事を判断するときは様々な要因が絡んでくるのですべてのことに当てはめて考えるのは無理があると考える。人間が作った建物も化学繊維もスマートフォンも自然のものではないので自律神経を乱し不調をきたすというのは正直信じられなかった。現代では人工のものがあふれ、たくさんの機械を使っているためそれらを取り除いて生活をするのは不可能である。物事を判断するうえで自然の摂理が適用できる場面はあると思うがすべてのこと、ましてや身の回りのものにまで適用させてしまうと何もできなくなってしまうと考えた。
この授業で学んだことは簡単に鵜呑みにしてはいけないということだった。そのために先生は誰が見ても信じられる客観的データなどの証拠が必要であると強調していた。また現実では想像や証拠がないことを事実かのように言っていることもあるので物事もうわべだけを見るのではなく本質を見抜くように心がけたい。これから物事を懐疑的にとらえ自分が納得したもののみを信じようと思った。
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