グローバル社会における医療の課題
2019年2月6日水曜日
総合科学部・村井琢雅
理工学部 応用理数コース・川上太一朗
今回の授業では今まで習ったことの総括をしました。その中で特に癌治療をグラフで表しどの程度の信用性があるのかというのを確認しました。一般的に通説や定説、伝説とよばれるような部類では20%〜30%証明されているとみなされていますが、抗がん剤や放射線治療はそれら自体が良くないものであり、70%〜80%程度の信用性があると先生はホワイトボードに書いて説明してくれました。これまで癌とその治療について何回も授業で話し合ってきましたが、僕が当初、それらに対して思っていたことは、回を重ねるごとに変化していくのを実感してきました。また今後、自分や自分の親族が実際にがんになった時、どのように対応していくのかということもふまえつつ授業に取り組むことができたので良かったと思います。この授業で学んだ内容はほかの授業では得られない、より根本的な部分を学ぶことができたと思います。その中でも物事を額面通りにとらえず、背後に何かあるのか、または何がどう関係しているのかということもふまえ、今後も授業等に取り組んでいこうと思いました。
2019年2月5日火曜日
創製薬科学科・安藤颯
今回は総括授業でした。内容としては、真理の偏差値の話や癌が存在しているのかどうか、授業があったため少ししか話はできませんでしたが、スダチアロマについてです。癌について私は、がんは必ず取り除くべきものであると考えていました。ただ先生の話を聞いて、必ずしも取り除く必要はないのかなとも思えました。免疫力を上げれば癌を大きくさせずに共生することが出来ることを初めて知ったので、それについて調べてみようと思います。また、先生が癌治療に躍起になっている医療業界を変えるべきだとおっしゃっていたことが印象に残っています。いまだに癌というものが存在しているのか、あやふやなままであるにもかかわらず、現代の医学では癌を悪いものとして扱い、それをどうにかしなければならないと考えているため、抗がん剤などの考え方が現れたという話は面白いと思いました。先生のように、あたりまえだと一般に考えられていることに切り込む視点を持ちたいと思える授業でした。
歯学科・堀江浩輝
今日がこの授業の最後になりました。「真理の偏差値」を中心に医療からはがんのことについて議論しました。真理の偏差値は初めて耳にしたキーワードで最初は理解に時間がかかりましたが、大橋先生が丁寧に説明してくれたのでしっかり自分の中に落とし込むことができました。これは前回のポイントであった「その情報は"事実"なのかそれとも"推測"なのか」に通じていると感じています。観察・実験できる重力と観察・実験したくてもできていないがんを対比して、重力の存在は真理に限りなく近いががんは通説や定説、伝説と変わらないと仰っていました。実験・観察できてデータがあるものは"事実"で実験・観察できないものは"推測"になると考えました。
先生が「今の日本の医療制度は変えないといけない」と仰っていたのがとても印象的でした。この授業を通じて行動することの大切さやものの見方を学び、グローバル社会における医療の課題に限らず日本国内のみの医療の課題についても考え何か行動する力がついたと思います。それを活かしながら誇りある医療人になり、少しでも多くの命を救っていきたいです。
創製薬科学科 吉田 響
今回の授業はホワイトボードを用いて真理の偏差値という話をしました。実験で証明できることは偏差値が高く、できないものは低いというとても分かりやすい説明でした。また、先生が挙げてくれた警察と研究者の例がとてもわかりやすかったです。仮定が正しいと思い込み、それを証明するために莫大な時間とお金を使っていると間違っていたとしても認めたくないのはよくわかります。しかし、そこでどこまでが正しくて、どこからが間違っていたのかを分析し、改善することが大切だと思いました。また、先生が仰った、「事実を見定める」ということがとても心に残っています。その方法の一つとして実験事実があるかないかというのはとても分かりやすいと思います。自分で全て調べるのは難しいと思いますが、できるだけ自分でも調べるようにしていきたいです。
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医科栄養学科・鈴木由紀
理工学科・応用理数コース・坂上陽俊
2019年2月4日月曜日
薬学科・高田正希
今日は心理の偏差値とアロマセラピーについて話しました。心理の偏差値の話ではがんは心理の偏差値の低いところにあり科学的にがんはあると説明できないと仰っていました。逆に抗がん剤が体に悪い影響を与えるというのは科学的に証明されているという話をしました。先生は何度も免疫力を上げることによってがんと共存することができる仰っていて、そういった考え方もあるのかととても勉強になりました。また国立がん研究センターもがんについては詳しく定義しておらず曖昧にしているということもわかりました。そのため、診断する医師によって違いが生まれるということもあるのだと知りました。がん(悪性腫瘍)と良性腫瘍の違いも医師が決めることで明確な違いは無いということに驚きました。アロマセラピーに関しては、授業後に実際にアロマのの匂いをかいでメタトロンによって波長を調べてみました。5%に薄めたすだちアロマの匂いをかぐと最初に計測して赤(不調)だったところが全部緑(好調)に代わっていて驚きました。原液のすだちアロマをかぐとほとんどすべてが赤になっていて驚きました。原液より薄めたほうがいいと先生は仰っていましたが、まさかこんなにも違うとは思ってもみませんでした。携帯をもって計測してみると何もしていない時に比べて少し赤が増えていました。とても興味深い結果が得られて面白かったです。この授業で様々なことをみんなで話し合って実際に経験もすることができてよかったです。
総合科学部 荒金万由子
生物資源産業学科 樫原誉
今日の授業の内容としましては、ガンと真理の偏差値、スダチアロマ(内容としては少なかったけれど…)についてでした。
まず、ガンについて述べていきたいと思います。国立がん研究センターでガンについて検索をかけてみると、定義があいまいな感じでした。インターネットで検索をかけてみると、
2019年2月1日金曜日
医科栄養学科・鈴木由紀 期末レポート
私がこの講義を通して学んだことは、主に二つある。どの情報を信じるべきなのか考えることと医療の現実と課題である。
まず、どの情報を信じるべきかについて、講義での戦争や染料、また癌や余命宣告などの話はどれも今まで想像していたことは違い、真実ではないということを知った。わたしが授業前まで思っていたことや感じていたことのほとんどは教科書やインターネット、周りの人や教師によって教えられたことがほとんどであったが、それが間違っているということは、多くの事実が伏せられたままであるということだと思う。特に印象に残っているのは、講義の前半の内容であった「戦争」について、戦争は儲けのために起こり、国民は騙されていたという話である。本当のことを語られてはいないため私には真実はわからないが「損をしている人がいるということは得をしている人もいる」という論は筋が通っているため、戦争が正義のためではなく儲けのためであったという論は間違っていないのではないかとも思う。このように、教科書や社会で言われていることが正しいとは思いこまず、まずはあらゆる意見を集めそこから真実を見つけるために考えることが重要だと学んだ。これは歴史的事実だけでなく、研究や日常生活のあらゆることに当てはまると思った。テレビや雑誌、インターネットの情報を疑うことはよくあったが、参考書や本に書かれている内容も複数見比べて判断するべきだとも思った。
次に医療の現実である。わたしは医療系の学部に所属しているが、余命宣告やがん、死因についての話はどれも今まで考えて事のなかったことや知らなかったことばかりであった。
余命宣告が「その病院で治療を受けた人が統計的に見てどれだけの期間生きたか」であり、一般的な死因におけるがんで亡くなったということは、がんにおける抗がん剤治療で免疫力が下がり感染病によって亡くなった場合が多いという話を聞き、自分の知識の少なさに驚き、また多くの国民がこのような話を得る機会を得るべきではないかと思った。実際に余命宣告をされた人は家族や主治医と相談し、本やインターネットで十分な知識を得たうえで決断に至ると考えられるが、そうなってからではなくそうなる以前に多くの人々がこのような知識を得るべきだと思う。
ここに挙げたこと以外にも、今まで知らなかった多くのことをこの講義を通して学べたと思う。これからは、先生が前半の講義でおっしゃっていた「積極的に学びの場へ参加し人と交流する」ということや、「疑問に思い調べること」を実践していきたいと思う。
2019年1月31日木曜日
薬学部共通学科・宮本真紀
この授業で事実かどうか区別することや自然の摂理の大切さを学んだ。前半の授業で主に戦争についての話をした。戦争は敵を大量に殺すもので、自然の摂理に反しているということが初めはよく分からなかった。動物がやらないことは自然の摂理に反しているというような話があったが、戦争では大量に人を殺せる兵器を作ったり、国のためや正義のためというように人殺しを正当化したりすることは自然の摂理に反しているということは何となく分かった気がする。私はテレビで戦争についての番組を放送している時は、悲惨な話をしてもう戦争をしないようにしましょうという内容が多いように感じていて、戦争は誰かが始めたもので、誰が始めたかは悲惨な話や皆で始めたという話にごまかされているということに納得出来た。学校の歴史の授業では何年に何があったかやその背景を教わったが、誰が戦争を始めたのかは分からず、この授業で初めて知ったことや考えたことも多いので、学校で教えられていないことがたくさんあると感じた。自分で調べて学ぶことが必要だと感じたが、その時にその情報が事実かそうでないのか区別することが大切だと思った。この授業を受けるまでは教科書や学校の先生が言っていることは正しいんだろうと漠然と思っていたが、教科書に書いてあったり先生が言っていることでも、それが間違っていたり不十分だったり、事実ではないことだったりする可能性があるので、自然の摂理に従っているか、自分で経験したことがあるかなどを基準にして自分で判断出来るようにしたい。
後半で医療についての話をした。最も印象に残っていることは、医者が余命宣告するのは医者や病院の権威付けのためになっているということだ。がんになった時の余命宣告は抗がん剤を使った時の余命であり治療を受けない場合はもっと長い、抗がん剤でがんが治るというのは想像で、抗がん剤は腫瘍を小さくするだけで、小さくなってもまた大きくなることがある。抗がん剤は元は人を殺すための毒ガスで、毒性を弱めたと言っても治療に使うのは自然の摂理に反していると私は感じた。これらの事実を知らないままだと、ガンが治ると思って抗がん剤治療を受けたり、知り合いからがんについての相談を受けた時に適切なアドバイスが出来なかっただろうと思った。生活習慣病の診断で、高血圧や糖尿病などはある数値を定められていて、それを超えたら病気にされるというのは怖いなと感じた。歳をとったら誰でも正常値から外れるので、高齢者が全員病人になるようなシステムは辞めるべきだと思う。高血圧や糖尿病で薬を飲んでいると飲んでいる間は正常値に抑えられるが、飲むのを辞めるとまた高くなってしまうので、正常値にしたいと思ったら、薬を飲むだけでなく普段の生活から全て見直して改善することが大事だと感じた。
2019年1月30日水曜日
総合科学部 村井琢雅
期末レポート
1.この講義を受けて思ったこと
先に、この講義を受けて私が思ったことについて述べていく。この講義は、個人、一人一人が同じ問いについてそれぞれの意見を述べていくという形態であり、また、社会人の人たちがいることで、その人達と考えの共有、考えの視野を広げるなど他の講義の形態とは異なっている。このことについて私は独特な形式をとっているなと思った。
講義の中で何度か実験することがあったが、その中でも特に「波導、電磁波により水の後味が変わる」という実験と、「波導により体の不調となっている部分を見つける」という
実験について、私は本当に味が変化するのか、不調を見つけられるのかという疑いを持ってしまい、信じることが出来なかった。これらについて信じるためにはしっかりと信頼ができる組織が公表している「データ」が必要であるだろう。
前段落のように不確定な事象に対して、確実にするためには、「データ」は必須のものとなるだろう。しかし、講義中に「国立がん研究センターはがんについて公表していない『データ』がある。また、公表している『データ』の中には間違っているものもある。」と先生がおっしゃっていたことから、しっかり信頼を置いた「データ」であっても不確実なものであることがあり、安易に何でも信じるべきでないことがわかる。また、私達が生活している中で、確固たる証拠がある、理由がわかっている事象はあまりなく、例えば、水という物質についてもわかっていないことがある。もし、わからないことをわからないままにしておけば社会は動かなくなってしまうだろう。そこで「この事象が発生するには、こうなる必要がある」という仮定をすることでそのようになることを回避していると私は考えるが、「仮定」はあくまで「仮定」であって、「真実」ではなく、「真実」だと思いこむことはしてはいけないだろう。
2.何を学んだか
この講義を通して、学んだことについて、私は3つあると考える。1つ目は「疑うこと」である。前項でも述べたように、私達が普段生活している中で、確固たる証拠や理由がある事象というのは少ない。しかし、それを知らずに、先入観や偏見で「真実」だと思い込んでしまっていることが多いように感じる。これについて、講義の中で「本当に正しいのか」という議論を何度も繰り返したことにより、例えば、レポートを書くときに引用したいデータやテレビでさも「真実」のように放送している物事に対して「本当に正しいものであるのか」と疑ってかかるようになった。2つ目は、「自分の未熟さ」である。この講義では社会人の人達が意見を述べることにより、私達学生の思いつかないような成熟した考えを知ることができた。ここから、「自分の考えがまだ甘い」、「自分から率先して行動が出来ていない」と感じたためである。3つ目は「私自身の考え方とは違う考え方をすれば同じ物事でもとらえ方が異なる」ことである。この講義の特徴である「皆で議論する」ことにより、例えば「余命が3か月の時に抗がん剤を使用するか否かという問いに対して、長く生きたいと考えて、使用するという考えと、クオリティーオブライフの観点から、残りの余生を楽しもうと考えて使用しないという考えがある様にいろいろな観点で物事を考えるようになった。
以上の学んだことをこれからの大学生活で生かし、自分から積極的に行動ができるようにしたい。
総合科学部 村井琢雅
今回実際に抗がん剤に使われる「エンドキサン」という薬剤を見たが、見た目は普通の粉薬のようで、毒には見えなかった。しかし、薬剤の有効率が説明書に書いてあったが、そこまでがんに効く比率は高くなく、また、先生の話で「薬剤を使うことで一時的な回復をしているだけで、その後はその薬剤によって急激な体調の悪化し、死に至ってしまう。逆に、薬剤を使わないことで、今も生きている人がいる。」というのがあったことから、僕は抗がん剤の存在意義がわからなくなってしまった。
薬学部共通学科・宮本真紀
なぜ病院に行くのかという話題で、私はインフルエンザなど感染したら連絡する必要がある病気にかかったような時や、怪我など自分ではどうにも出来ない時に行く。病院で病気をもらってしまうことがあると仰っていたが、ハッキリ病名を教えてもらったり治療してもらうと安心出来るし治るのも早いので行った方がいいと思った。
2019年1月29日火曜日
創製薬科学科 吉田 響
期末レポート
この授業はみんなで会話をして能動的に参加する授業で、ほかの大学での授業と違い強制的に発言しなければなりませんでした。初めのうちは授業に行くのが怖くて嫌でしたが、徐々に慣れてきて今回はどんなテーマなのだろうと少し楽しみになってきました。この授業は「グローバル社会における医療の課題」という名前なので難しそうなイメージを持っていましたが、初めの授業での会話のテーマが自分の行きたい国だったり、課外活動にヨガがあったりして驚きました。また、授業には一般の方が参加されており幅広い知識や今までの経験による話、事前にいろいろなことを調べてくる積極的に知識を身に着けようとする姿勢など、見習わなくてはいけないことなど多々ありました。
授業の内容では、まず計画と目標を立てることの重要さについて話し合いました。授業の結果、物事を進める際、大まかな計画を立てて、柔軟に計画を変更しながら目標に近いていくことが大切だという意見になりました。将来のために今何ができるのかを考えたりもしました。
次は自然の摂理を用いて物事の善悪を考えてみるということでした。この回では先生の意見にも賛否両論あり議論が盛り上がったので楽しかったです。主に戦争について話し合いましたがこの回は、私は先生の意見に終始反対でした。しかし、自分と全く考えの違う人の意見にも納得できる部分がところどころありました。この回では、相手の意見をちゃんと聞き、正しいと思う部分には納得したうえで、違う部分を否定することでより自分の意見を強くすることができると思いました。
その次にテレビ番組や教科書にも間違いのあることから、与えられた情報がすべて正しいというわけでなく疑問に思うことの大切さについて話し合いました。ここでは、日常で当たり前に観ているテレビ番組を「なぜ」「本当かな」と否定的な視点でみることでより多くのものを得られる可能性のあること、自分に必要な情報を選び抜けることの大切さを学びました。
次に水のクラスター化についての話で少し専門性が出てきました。体内ではクラスター化を解き、ばらばらの状態であるということでしたが、これには私も含め反対意見もありました。この回ではオイルに近づけると水の味が変わることや、呼吸のしやすさが変わることの体験、また、メタトロンという機械を見せてもらえました。この授業では、ヨガも含め様々なことを体験できました。あまり変化を感じた人はいませんでしたが、人の意見を頭ごなしに否定するのではなく、自分が体験することで決めることが大切だと思いました。
この授業は、初めに想定していた内容とは全く異なるものでしたが、今までの生活を見直すことができ、日常での意識を変えていかなければならないと感じることができました。今の自分の生活にはテレビを見たり、スマホをさわったり無駄が多すぎると思います。今の環境を当たり前だと思わず、どうしてこんなことができるのだろうと考え、調べることで知識を増やし、より自分のためになります。小さなことから少しずつ意識を変えて、将来、より大成する人間になりたいです。
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2019年1月28日月曜日
生物資源産業学科 樫原誉
今までの授業で印象に残っていることは、医療のことと戦争に関してでした。まず、戦争について語ろうと思います。戦争に関しての講義は三回ありました。それは自然の摂理と関連付けての講義でした。「自然の摂理」は自然に起こる現象(人間を含まない)と位置付けており、軍部などの指示で起こったというより、政治的な(国家の)欲求から生み出させたという意見が多くありました。それで城下町の住民たちから徴兵するには多大な時間や費用を有すると思いますが、あまりかからないというのが現実です。なぜなら理由は二つ挙げられます。一つ目は、徴兵は政府によるでっち上げによるのではないかだと思います。もし戦争に参加したくない人がいたとしたらどうでしょう。その嘘に騙されて武器を持ち、戦闘機に乗り、なんのために戦うのかも分からず、困ったものですね。戦争に参加した体験談を聞いたことがありまして、その人は、戦争には強制的に参加しろとの命令があったといっていました。そして『日本の勝利に貢献できるなら戦いに参加して死に行くのも悪くない』と思っていたようです。けれど、実際に戦場に赴いてみると戦争に参加しなければよかったと思ったそうです。やはり、戦争は自分たちの生活の場所を奪い、苦しめるものである。そういろいろ考えていると戦争の奥深さがひしひしと伝わってくるように思えます。次に、医療について語ろうと思います。医療に体系は病を治すためではなく、利益を求めることが重視されているように思える。それゆえに秘密裏にされていることが多いと思う。例えば薬についてだ。主作用や副作用の説明は薬剤師からされるが、どの器官に作用するのかの説明が一切ない。現場で働いている人しか知らない情報が飛び交っているのだ。それは一般の人たちには今の医療に現状も把握できないし、どう動いているのか分からない。つまりブラックボックスなのである。その現状を破壊する方法はない。あと、医者が勧める薬剤は一般の方からすれば、私たちより医療に関しての知識や情報を持っているから信じてもよいと考えている人が多いと思っています。だって私たちは『小さいころにもらった薬が効いたから医者は正しい』と思い込んでいる。だから副作用が強く、感染症にかかるリスクがあっても治ると思っているから癌になったときに抗がん剤治療を受けるのだと思います。だから死亡率が低下している。医療ドラマを見ていても思うことはあります。実際の医療はこんな体制で動いているのかと。だから私は思ったのです。結局のところ抗がん剤治療を受けるのは『小さい可能性に欠けてでも行きたいから』この一択に限る。私たちの生活を考えてみると、リスク背負って生きている。私たちは人生の選択をして生きないと生きていけないものである。だから少ない確率でも生きる可能性があるならかけたいのは当然である。結局私たちはどのようにして生き抜いていくべきなのでしょうか。
総合科学部 藤本架音
この授業で、私は「目に見える情報が真実とは限らない」ということを学びました。まず、前半の「学び」について。先生は、学びの基本は疑問を持つことからだと仰っていました。旅をすることは非日常を体験することだということも仰っていましたが、私はその先生の話で旅行に行ってみようというきっかけを得ました。何かに疑問を持たなければ学びのきっかけも得られず、旅をして知らない人と交流することは疑問を持つきっかけになるということだと思いました。後半は、本格的に医療の内容に入って行きました。医療において先生がいつも仰っていることは「自然の摂理」で、自然の摂理のとおりに動けば身体のために良い効果が得られるし、自然な姿だとも仰っていました。それを考慮すると人殺しをする戦争は全く自然な姿では無いので整合性がとれるように言っていても結局は間違いでしかないと学びました。また、社会人の方もよく仰っていたことは物事には全てお金の事情が含まれているということです。戦争も国同士でお金のやりとりがあるし、健康ブームにもお金が絡んでいることはよく考えたらわかることですが、メディアが流している情報を信じ込んでいたので間違っているなとどは思いもしませんでした。とくに私が覚えているのが糖尿病の話です。何を食べたら血圧が上がるから食べてはいけない、その代わりにこれを食べるといい、といった内容のテレビ番組は良く目にします。先生が血糖値や血圧が食べ物によって上がったり下がったりすることの根拠はないし相関があると分かるデータもないと仰ったのにとても驚きました。そのことを考えると、一時期流行ったココナッツオイルやヨーグルトなどもテレビ番組で特集が組まれた次の日からスーパーマーケットから無くなったことを思い出しますが、今思うとテレビ番組で特集されていることもお金の事情が多分に含まれているから嘘とは言わないまでも100%真実とは限らないんだろうな、と判断できるようになってきました。また、最近の授業では身の回りの物が身体に影響を与えるということを体験してみるということもありました。やはり1番記憶に残っているのは「アロマオイルを指先で持って呼吸しやすいオイルはどれか、呼吸しづらいオイルはどれか」ということを体験してみた授業です。あの授業で私は何も感じられなかったので、体感できた人にどんな感じだったのか良く聞いてみたいと思いました。さらに電気のコードを反対の手で持ってみると呼吸しやすさが変わるというのも不思議に思いました。体感できた人は身の回りの物による影響が小さいのだろうし、私は電波や身につけているものの影響が大きいから体感出来なかったのだと思います。このようなことはメディアでは報じられないけど、研究している人がいるのだから何事にも意図が含まれているということは確実だと学びました。
この授業で医療についての知識が0の状態から増えたし、興味を持つところから初めて学んでみようという姿勢になれたので、大学では普段「目に見えること」以外のものを自分で探せるよう努力しようと思います。
総合科学部 藤本架音
歯学科・堀江浩輝
今日の授業も前回に引き続き、医療におけるデータの不確かさについて主に議論しました。先生が最も強調していたのは、「与えられた情報が"事実"なのか"推測"なのかを区別することが大切」ということです。これには僕も強く共感しました。私は本でがん細胞は止まることのない暴走列車(勝手に増え続けるということ)だと認識していましたが、それは事実ではなく推測だと今日知りました。このように、私たちの周りでは多くの情報の事実と推測が混同されていると感じました。事実か推測かを判断基準に物事を取捨選択するのは非常に理に適っていると思うので、思考のレパートリーに加えておきます。一方で共感できなかったのは、医者などがお金儲けのために原因療法を行わないということです。根拠と問われればハッキリしたものはないですが、医療倫理から逸脱いているように感じて仕方がありません。
理工学科・応用理数コース・坂上陽俊
今回の講義ではここ最近の講義に引き続き癌に対する治療の実態や、様々な病気への対処、病院自体のあり方について話し合いました。
先生がおっしゃるには、病院というのは人が死ぬ場所であり、治す場所ではないとありました。たしかに病気になった人は病院へ行き、診断結果によれば入院、根本治療ができなければそののまま亡くなってしまうということを考えれば間違ってはいない。ですが他のクラスメイトが言っていたように物は言いようだなと感じました。根本治療ができるならばそのほうがいいに決まってますし、その段階に至っていないからどうしても対処療法になってしまうと思います。理想を追い求めるのは大切なことですが、現実とのギャップを受け入れるのではなく否定するのは少し乱暴ではないかと感じました。
薬学科・高田正希
期末レポート
私がこの授業で何でも信じるのではなく疑うことが大事である、と学んだ。そうしなければ物事の本質が見えなくなってしまうということだった。そのために先生は様々な例を持ち出した。その中でも印象に残っているのは医療に関する話題だった。抗がん剤は劇薬で体に毒なので使わないほうがいい。本来がんというもので死ぬケースはまれで多くは抗がん剤治療によって免疫力が低下して感染症にかかり死に至るというのが多いということを聞いた。また医師がなぜ余命宣告をすることができるのだろうかという話もした。先生の話では、健常者に抗がん剤を投与することはできないし、がん患者に関しても最後まで抗がん剤治療をしなかったというデータがないので比較することは難しく余命宣告ができるのはおかしい、余命宣告ができる理由としては医師が抗がん剤を患者に投与したために余命が短くなり、正確な余命がわかるのであると聞いたときは驚愕だった。薬というものは抗がん剤を含め製薬会社が研究を重ね、この病気には効くだろうと科学的に証明されているもので自然の摂理に反しているために体に入れるとすべて毒というのは言い過ぎではないかと考える。また余命宣告が正確にできるようになって医師や病院の権威が保たれているというのは今まで全く考えたこともなかった。戦争の話をした時もそうであったが何かを犠牲にしてお金を稼ぐというのは往々にしてあることなのかと思った。
また先生が繰り返し言っていた自然の摂理という話についても様々なことを学んだ。元来、人間は自然の中に生きて自然の摂理に基づいて行動すべきだが現代ではそれが軽視されていることを先生は指摘していた。戦争は人間の利益を追求した結果であり、自然の摂理から離れているというのはある程度理解できた。また自然の摂理を無視し利益を優先したために人の命が犠牲になったという話も理解できた。しかしそれを重んじすぎるのも問題であると考える。物事を判断するときは様々な要因が絡んでくるのですべてのことに当てはめて考えるのは無理があると考える。人間が作った建物も化学繊維もスマートフォンも自然のものではないので自律神経を乱し不調をきたすというのは正直信じられなかった。現代では人工のものがあふれ、たくさんの機械を使っているためそれらを取り除いて生活をするのは不可能である。物事を判断するうえで自然の摂理が適用できる場面はあると思うがすべてのこと、ましてや身の回りのものにまで適用させてしまうと何もできなくなってしまうと考えた。
この授業で学んだことは簡単に鵜呑みにしてはいけないということだった。そのために先生は誰が見ても信じられる客観的データなどの証拠が必要であると強調していた。また現実では想像や証拠がないことを事実かのように言っていることもあるので物事もうわべだけを見るのではなく本質を見抜くように心がけたい。これから物事を懐疑的にとらえ自分が納得したもののみを信じようと思った。
生物資源産業学科 樫原誉
今日の講義は、主にガンについて考えさせられる授業でした。先生がおっしゃっていたように癌の無限増殖はあくまでもないと考えられます。
私の一つの仮説なのですが、ガンは先に減数分裂などで細かく分裂した後にガン細胞が糖などの栄養分と摂取し、成長することで腫瘍が大きくなっているのではないかと考えます。そう考えると細胞の成長も考えられますし、ガンの無限増殖という考え方も打ち砕けられるのではないかと思います。
それと話は変わりますが、病院についての話もありました。先生は、病院は自分たちの死に場所であり、病気をもらう場所でもあるとおっしゃおいました。私も先生の考えと同じです。なぜなら私も経験があるからです。最初のは違いますよ。すごく小さいころの思い出ですが、一回風邪をひいて病院に行ったことがあります。その時は寒い冬、今頃の季節でした。その時はちょうどインフルエンザが流行しててインフルエンザにかかった患者さんが多かったのを覚えています。病院で診察してもらい、日付が変わったときに急に熱が出て、インフルエンザとイン弾されて嫌な記憶があります。それを知ってからあまり言っていません。というのが現状です。まだ抗がん剤についても話したいですが、あまりにも行が多くなると思ったのでここでやめておきます。
薬学科•高田正希
創製薬科学科 吉田 響
今回の授業で一番疑問に思ったことは仕事がなくなるので根本治療できる薬を作らないということです。作れないというのならしょうがないと思いますが、作れるのであれば作ると思います。現在の社会ではAIの台頭により様々な仕事がなくなると言われています。技術が上がるにつれて仕事も変わってくるので医者という仕事がなくなってもいいと思っています。病気の診断から処方まですべてAIに任せたほうが疲労によるミスがなく医療費の削減にもなると思います。また、抗がん剤が有効な根拠があるかという話は、先生の仰っていたUFOの話のように難しいと思います。一番早い証明が抗がん剤で癌による死亡率を下げることだと思いますが、現在では癌が死因第一位になっていることからも、抗がん剤があまり効いておらず、副作用が強いことから、あまり投与することはよくないという先生の意見に少し賛成です。ただ抗がん剤によって助かる命もあるので、副作用を減らすことで抗がん剤治療はより良いものになると思います。
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総合科学部 荒金万由子
2019年1月27日日曜日
期末レポート 創製薬科学科・山田祥熙
グローバル社会における医療の課題 期末レポート
薬学部創製薬科学科1年 山田 祥熙 4018050396
私はこの講義を通じて、学んだことは大きく分けて三つある。一つ目は、自分の知識の少なさとどう向き合うかである。二つ目は、教育についてである。三つ目に医療の課題である。
一つ目の自分の知識の少なさとどう向き合うかについては、これは、この講義を受ける前から自分自身で感じていたが、この講義の話で出てきた様々な情報に対して、自分の意見を持ち、発表しなければいけないのだが、私は知識不足のためそれができないことが度々あった。例えばどうして戦争が起こるのかについての話である。講義中に戦争は自然の摂理に基づいていない行為であり、自然には起こらないことであるという話が出たが、私は戦争なんて突発的に起こるものだと思っていた。そのため、私は意見を述べることができず、その講義を終えてしまった。次の講義で、戦争は事前に協定が取り決められて、その上で戦争は恣意的に起こされているものだという仮説を、戦後に医学会が急発展したことの根拠とともに出されたとき、私は知識不足を痛感させられた。その解決策として、それもこの講義で学んだことだが、本を読もうと思った。本はネットによる情報と違い、ある程度の信頼がおけるので良いという話であった。私はその事実は認識していたが、これまでそのような時間がないなどの言い訳をして、本を読むことを遠ざけていた。しかし、これからはそのような言い訳をせずに、本を読もうと思う。
二つ目は教育についてである。まず述べたいのは、学校教育についての根幹をなす教科書についてである。この講義で度々教科書は正しくないという話が何度も出てきた。私もその意見には賛成で、時が経つにつれ新たな発見があるから、今の教科書は未来の人から見たら、正しくないのだろうというように思っていた。しかし、実際はもっと深い意味での教科書が正しくないという話であった。その例として、再び歴史の話となるのだが、一つ目の自分の知識の少なさの話において、この歴史の話はしているのでここでは省略する。ここで重要なのは教科書の信用性である。私たちは教科書を絶対的で嘘偽りないものだと信じている人が多いと思う。嘘偽りのある教科書の範囲で試験を行い、その結果で受験の合否を決めたり、成績の順位を決めたりしているが、それは本当に正しいことなのだろうか。私が講義で話を聞いて感じたのは、特に歴史を勉強の科目としている意義が今のところないのではないかということである。歴史を学ぶ意義は歴史上の出来事から自分なりの考察をすることが重要なのであって、決して年号を覚えることに価値はないと思う。私は高校の時、世界史を選択していて、いかに点数を取るか、どうしたら覚えられるのか、そのようなことばかり考えていたので、このような重要な事実を見逃していたのかもしれない。大学生となって何のために勉強をするのかを考えるようになって、またこのような講義を通じて分かった。
三つめは医療の課題についてである。私は薬を飲めば病気は基本的に治るもので、明治以降、日本に取り入れらえた西洋医療は万能なものだと思っていた。しかし、この講義を通じて、西洋医療は決して万能ではなく、今の医療体制に少し疑問を持つようになった。それは、この講義中に出てきた話で、医療は発展しているというがなぜ患者は減らないのかという話である。私は、医療は発展し寿命が延びてきていることばかり注目していたが、なぜ患者の数が減らないのかという話の答えが推測できなかった。その講義の結論は、西洋医療は個々の臓器の個々の事象にばかりにスポットライトが当てられているが、体の構造はもっと複雑であり、体全体あるいは体の周りの環境による影響を無視しているということであった。私がその話を聞いたときは理解できなかったが、患者やが減らないことに対する明確な答えがまだ見つかっていないので、体全体あるいは体の周りの環境を考慮する必要があると感じた。
創製薬科学科・安藤颯
期末レポート グローバル社会における医療の課題という授業を通して私が学んだことは、得た情報は鵜呑みにするのではなく疑うべきということだ。例えばなぜ戦争が起こったのかについてだ。私はいままで歴史の授業で習ったような、ある種表向きの情報だけで戦争が起こったように考えていた。そしてそこに何の疑問ももつことは無かった。しかし授業で、日本がアメリカに勝つことは無いということを時の権力者は知っており、負けたとしても金儲けができる仕組みが形成されていたということを扱い驚いた。当時の人がそのことを知らずに、国に騙されていたという話も戦争を説明するにあたっては否定しきれないとも考えた。そして自分が一番ショックを受けたことはこの戦争によって現代の医学は進歩したということである。この発想は今まで生きてきた中で触れたことのない意見だったので、ひどく考えさせられた。また、私は薬学部なので薬に関しての議論が印象に残っている。薬は化学合成されたものが多く、自然の摂理に反しているため、飲むべきではないということや、生活習慣病などといった新しい病気を作り、それを改善する薬を患者に処方することで、医学関係者は儲けているということを先生はおっしゃっていた。前者に関して、確かに薬には副作用が必ず存在しているため、100%の安全は確保されているわけではないと思う。だからといって薬を飲むべきではないという理論は飛躍のし過ぎではあると考える。薬は認可されるまでに多くの試験を通っており、その有効性や危険性が厳しく調べられている。また市場に出回るようになってからも副作用の可能性は監視されている。過去にサリドマイド事件など、実際に薬害は起きているが、そのような事例は極稀である。そのため薬は危険というような先生の言い方には同意しかねる。ただ後者に関して、生活習慣病などの疾病に効くとされる、異なる作用の薬を大量に飲んでいる人がいることは事実である。私の祖母は高血圧を抑える薬やカリウムの値を調節する薬など様々な薬を毎日服用している。ただ本人曰く薬を飲んだことによって目立った効果は見られないそうだ。薬の服用をやめたことは無いため、実際に薬が効いているのかについては分からないが、このことは確かに先生のおっしゃった医学関係者の金稼ぎ説を立証しているようにも思えた。このことから、大切なことは自分の意志で決定すべきであり、医者に言われたからといってすぐにそれに従うのではなく、一旦様々な観点から自分の健康について捉えなおすことなのだと感じた。
授業において自分が今まで考えたことのないような話題に触れた際、私はつい今まで経験してきた知識に基づき、主観的に判断してしまっていたように思う。これからは物事を客観的に判断し、慎重に物事の本質を見極められるようにしていきたい。
2019年1月26日土曜日
総合科学部 荒金万由子
期末レポート
この授業で私が学んだのは"疑うことの大切さ"だ。人はそう簡単には嘘をついたりしないものと思っていたので今まではすべてを疑ってしまうことに抵抗があった。だけど今の世の中は嘘で溢れている。先生のお話を聞いてそう感じた。
私が一番印象に残っているのは、戦争についてのお話だ。戦争はだれが何のために起こしたのか?この質問に対して私は、戦争は当時日本は国際連盟の中で孤立しその上、国内でも戦争をしようという方向に動いていて、ほかに選択肢がなく起きたという風に考えていて高校の教科書で習った内容を鵜呑みにしてそれを当たり前の真実だと疑いもしなかった。だから戦争で国民はだまされていたという先生の話に疑問をもっていた。けれど「そもそもアメリカとの戦争に勝ち目などなかった。だから意図的に権力のある人間が起こそうとしなければ起きない。なぜそんなことをしたかというと金儲けのためだ。だから当時の日本には負けても金儲けができる仕組みがあった。けれど国民はそのことを知らない。そういう意味で国民は騙されていた。」という先生の意見は私にとってすごく新鮮であった。薬についても同じだ。今までは医者の言うことはすべて正しく、それを裏付ける根拠もデータもあるものだと考えていた。けれど実際はそうではなくあたかもデータがあるかのように言っているだけの事が多いということや余命があまりあてにならないというのは驚きだった。
波動については物理を少ししかやったことがなかったのでほとんど知らないことばかりだった。インドアイを水に近づけると水の性質が変わり水の味に変化が生じるという話で微瓶の蓋も開いていないのに影響を受けるものだろうかという疑問や見えないから確かめられないなどと波動の力について半信半疑だったが波動の力を使った医療器具で臓器の固有の振動数で体の不調を割り出すという機械を見て波動がどんなものなのか少しわかった、。この機械はほんの数分で体全体の調子を調べることができる便利なもので、この機械がもっと普及したら健康診断などに使用されたりして色々な病気の早期発見につながればいいなと思った。
この授業では自然の摂理や自然の営みという言葉がよくでてきた。「人は嘘をつくから自然の営みを信じたほうがよい」という意見に今までの私ならそんなことはないと考えていただろう。けれど先生のあたりまえ・常識がいかに危ういのかという話は今までの考えを振り返り、考え直すきかっけとなった。これからはあたえられた情報を鵜呑みにするのではなく、「この情報には根拠があるのか」という疑う視点を持ちたい。
歯学科・堀江浩輝
1月23日(水) ヨガ 参加人数:4人
今日で7回目のヨガの参加になりました。今までは映像を見ながらヨガをしていましたが、今回はインドの先生に教えていただくことができました。新しい呼吸法などを体験できてとても新鮮でした。期末試験と実験レポートで疲れていましたが心身共にリフレッシュでき、改めてヨガの力を感じることができました。これからは疲れた時などに学んだヨガを少しでも実践していこうと思います。
理工学科・応用理数コース・坂上陽俊
期末レポート
「グローバル社会における医療の課題」という講義を通して自分が学ぶことができたと感じるのは、今、当たり前だと感じているこの世界は見えない誰かの考えや固定概念によって支配されているかもしれないということである。これは自分が普段、いかに物事を深く考えていないかということを痛感させるものであった。
講義の序盤に話題に出た、"自然の摂理"という考え方によって戦争が何が正義で何が悪なのか、戦争をすることの本当の目的などを知ることができた。戦争とは自然界に起こる縄張り争いとは違い、相手の生死を問わないという点と自身の目的と行動が一致していない点にあると思った。自然界では縄張り争いをする過程で相手を殺してしまうことがあっても殺すことが目的ではないということ、相手を殺したくはないが殺さなければ殺される、殺すことを正当化しなければいけなかったということである。このようなことを考えることによって"自然の摂理"から外れている物事について考えることが当たり前になっていることに疑問を持つことができるようになるための一歩になるのではないかと思うことができた。
回を重ねるごとにそれまでの考え方を用いて現代医療について考えることで今までの常識を考え直させられることが多くなっていき、その一つが現代医療にはデータに基づかないものがあるということである。個人的な話にはなるが、自分は物理に興味がある以上、教科書に書いてあることが本当にあっているのかということについて疑問を持つことや、突然出てくる数式に対してその成り立ちや理由を考える癖はつけていたつもりではあったが、この時代の医療がデータに基づかないなんてことがあるのかと思った。
しかし、このことが真に意味するのは字面が表すようなものではないのかもしれないと感じた。本来、体の中に存在しないものは等しく害のあるものであり、このことから治療に使われる薬も毒薬にあたるとのことであった。しかし、今ある薬が病気の原因となっているものを消滅または弱体化させることができる以上、この薬が人体に有益か有害かと問われれば有益と答えざるを得ない。ならば、毒薬と考える根拠は何なのか、それは薬による二次的な効果、副作用のようなものについての考え方ではないのかと感じた。薬が目的の効果を発揮することは認めるが、いまだにわからないことが多い人体に対してこの薬が他にどのような効果をもたらすかは保証しない、それが有害なものであるかもしれない、ということではないかと理解した。
先生のおっしゃることに対して疑問に思うことは多くあったが、否定するということは議論する可能性を無くすことにつながりかねず、危険なことだということは認識しているので、議論型のこの講義を通して賛成意見と反対意見の相違点を見つけ、その根拠となることについて解決策を見出すことが現代医療の問題点だけでなくその他の様々な問題について重要なことであり、打開策となるような独創的な考え方に行き着くための手段になるのではないかということがこの講義で学ぶことができたものであった。