今回の授業では、病院についてと、前回に引き続き抗がん剤について議論した。確かに、最近は自宅で最期を迎えることは少ない一方で病院で迎えることが多く、病院が病気を治療する場所ではなく死を迎える場所というのは良く分かるが、僕は病院にはまた違う役割があると思う。それは、病気を治療するきっかけを与えてくれる場所であるという事である。授業中にも出たが、自分では病気と判断できかねるときに、医者が診断し、病気なのか病気でないのか、また病気であればどのような病気なのか教えてくれることで、診察に来た人の不安を取り除いたり、早期に治療を開始できるために風邪などを早く治すことが出来ると考えたためである。
今回実際に抗がん剤に使われる「エンドキサン」という薬剤を見たが、見た目は普通の粉薬のようで、毒には見えなかった。しかし、薬剤の有効率が説明書に書いてあったが、そこまでがんに効く比率は高くなく、また、先生の話で「薬剤を使うことで一時的な回復をしているだけで、その後はその薬剤によって急激な体調の悪化し、死に至ってしまう。逆に、薬剤を使わないことで、今も生きている人がいる。」というのがあったことから、僕は抗がん剤の存在意義がわからなくなってしまった。
今回実際に抗がん剤に使われる「エンドキサン」という薬剤を見たが、見た目は普通の粉薬のようで、毒には見えなかった。しかし、薬剤の有効率が説明書に書いてあったが、そこまでがんに効く比率は高くなく、また、先生の話で「薬剤を使うことで一時的な回復をしているだけで、その後はその薬剤によって急激な体調の悪化し、死に至ってしまう。逆に、薬剤を使わないことで、今も生きている人がいる。」というのがあったことから、僕は抗がん剤の存在意義がわからなくなってしまった。
情報の信憑性の確かさについての判断は、本当に難しいとこの授業を通じて感じました。(堀江浩輝)
返信削除自宅で最期を迎えるにはどうしても家族のサポートが必要になると思うので、なかなか難しいと思いました。(宮本真紀)
返信削除