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評価方法 毎回の授業のミニレポート(40%)、課外活動参加とミニレポート・他のレポートに対するコメント(40%)、期末レポート(20%)

1. ミニレポート
ミニレポートの内容(400字程度)
●授業で何を学んだのか?他の人の発言で気づいたことなど ●疑問に思ったこと、もっと知りたいと思ったこと ●感想
投稿先 owhashi.bioper27@blogger.com  (締切 授業の翌々日 水曜日)

メールのタイトルは、必ず学科(または専攻)・氏名という形式にしてください。(例: 栄養学科・徳島太郎、看護専攻・阿波花子)
本文にミニレポートの内容を書いてください(WORD添付文章は不可)。必ずしも各項目に分けて書く必要はありません。

2019年2月6日水曜日

総合科学部・村井琢雅

 今回の授業はこれまでの授業のふり返りと「真理の偏差値」について話し合った。今回、がんというものは腫瘍と異なり、独立して一つの細胞から増殖しないという事を聞いて、今まで腫瘍とがんが同じようなものだと勘違いしていたことがわかった。ここから、がんというものが実際に実験、観察が出来ておらず、真理の偏差値で考えてみると、がんという存在が伝説や仮説の域でしかないことを知った。実験、観察を行いより正確なデータを取ることは真実や事実にたどり着くためには重要だと改めて思った。
 また、今回はアロマについても学んだ。アロマ自体には風邪や花粉症などを治す力はないが、匂いを嗅いだ人のやる気を起こすことや、気分転換に有効な手段であるらしい。機械があれば使ってみたいと思う。​
 今回でこの授業は終わりだが、今回出てきた「真理の偏差値」に当てはめてみることで物事が正しいのか疑うこと、裏側に隠れた意味がないか考えることなど学んだことはたくさんあったと思う。この考え方を忘れないようにしたいと思う。​
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理工学部 応用理数コース・川上太一朗

今回の授業では今まで習ったことの総括をしました。その中で特に癌治療をグラフで表しどの程度の信用性があるのかというのを確認しました。一般的に通説や定説、伝説とよばれるような部類では20%〜30%証明されているとみなされていますが、抗がん剤や放射線治療はそれら自体が良くないものであり、70%〜80%程度の信用性があると先生はホワイトボードに書いて説明してくれました。これまで癌とその治療について何回も授業で話し合ってきましたが、僕が当初、それらに対して思っていたことは、回を重ねるごとに変化していくのを実感してきました。また今後、自分や自分の親族が実際にがんになった時、どのように対応していくのかということもふまえつつ授業に取り組むことができたので良かったと思います。この授業で学んだ内容はほかの授業では得られない、より根本的な部分を学ぶことができたと思います。その中でも物事を額面通りにとらえず、背後に何かあるのか、または何がどう関係しているのかということもふまえ、今後も授業等に取り組んでいこうと思いました。

2019年2月5日火曜日

創製薬科学科・安藤颯

今回は総括授業でした。内容としては、真理の偏差値の話や癌が存在しているのかどうか、授業があったため少ししか話はできませんでしたが、スダチアロマについてです。癌について私は、がんは必ず取り除くべきものであると考えていました。ただ先生の話を聞いて、必ずしも取り除く必要はないのかなとも思えました。免疫力を上げれば癌を大きくさせずに共生することが出来ることを初めて知ったので、それについて調べてみようと思います。また、先生が癌治療に躍起になっている医療業界を変えるべきだとおっしゃっていたことが印象に残っています。いまだに癌というものが存在しているのか、あやふやなままであるにもかかわらず、現代の医学では癌を悪いものとして扱い、それをどうにかしなければならないと考えているため、抗がん剤などの考え方が現れたという話は面白いと思いました。先生のように、あたりまえだと一般に考えられていることに切り込む視点を持ちたいと思える授業でした。

 

 

歯学科・堀江浩輝

 今日がこの授業の最後になりました。「真理の偏差値」を中心に医療からはがんのことについて議論しました。真理の偏差値は初めて耳にしたキーワードで最初は理解に時間がかかりましたが、大橋先生が丁寧に説明してくれたのでしっかり自分の中に落とし込むことができました。これは前回のポイントであった「その情報は"事実"なのかそれとも"推測"なのか」に通じていると感じています。観察・実験できる重力と観察・実験したくてもできていないがんを対比して、重力の存在は真理に限りなく近いががんは通説や定説、伝説と変わらないと仰っていました。実験・観察できてデータがあるものは"事実"で実験・観察できないものは"推測"になると考えました。

 先生が「今の日本の医療制度は変えないといけない」と仰っていたのがとても印象的でした。この授業を通じて行動することの大切さやものの見方を学び、グローバル社会における医療の課題に限らず日本国内のみの医療の課題についても考え何か行動する力がついたと思います。それを活かしながら誇りある医療人になり、少しでも多くの命を救っていきたいです。

創製薬科学科 吉田 響

今回の授業はホワイトボードを用いて真理の偏差値という話をしました。実験で証明できることは偏差値が高く、できないものは低いというとても分かりやすい説明でした。また、先生が挙げてくれた警察と研究者の例がとてもわかりやすかったです。仮定が正しいと思い込み、それを証明するために莫大な時間とお金を使っていると間違っていたとしても認めたくないのはよくわかります。しかし、そこでどこまでが正しくて、どこからが間違っていたのかを分析し、改善することが大切だと思いました。また、先生が仰った、「事実を見定める」ということがとても心に残っています。その方法の一つとして実験事実があるかないかというのはとても分かりやすいと思います。自分で全て調べるのは難しいと思いますが、できるだけ自分でも調べるようにしていきたいです。

 

 

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医科栄養学科・鈴木由紀

今回は癌と腫瘍の考え方やアロマについて話をしました。真理の偏差値の考え方を使ってがんがあると説明できるのかという話がありました。私は、講義前まで癌と腫瘍の違いを考えたことはなく、腫瘍があるのは癌だと勘違いしていました。しかし、先生は自立増殖をするのは癌であり、腫瘍はこぶみたいなものであるとおっしゃっていて、また、癌は科学的に説明しにくいともおっしゃっていました。癌がどういうものなのか未だに多くの人がわかっていないのに、癌は悪いものという考え方は多くの人に共有されている現状はあまりよくないのではないかと思いました。アロマについての話では、環境面でのアプローチとしてアロマという選択肢があり、食事や睡眠などを改善した上でさらにアロマで体に癒しを与えるというような考えが印象的でした。

理工学科・応用理数コース・坂上陽俊

今回が最後の講義となりました。もっと早くに知っておくべきだったと感じたのが腫瘍と癌の違いです。これまでの講義で先生がよく癌は存在しないとおっしゃっていましたがその意味がようやく分かった気がしました。癌の定義が"自律性増殖をする一つの細胞"だということからある程度の塊で細胞を取り出し、培養することができても細胞一つを取り出して増やすことが現段階でず、科学的なデータが存在しないことから癌は存在するのかわからないということなのかなと思いました。また、この定義をもとに抗がん剤を作っていることから増殖する細胞を等しく攻撃する抗がん剤は毒薬ともいえるのだろうと思いました。また、真理の偏差値という考え方を知って抗がん剤と癌との間には大きな差があるんだということがわかりましたが、癌になった人の多くは、癌によって体調がすぐれないと感じ、病院に行った結果、癌だと診断を受け抗がん剤によって殺されるというのなら、癌をそのまま治療せず放置すればどうなるのかと感じ、クラスメイトも同じことを疑問に思ってくれていました。先生は癌細胞と呼ばれるものは正常な細胞よりも寿命が短く、何もしなくても消えてしまう、仮に寿命が長いものがあったとしても共存できるような薬ができれば治す必要はないということを聞いて、このことが実証されれば癌治療そのものを根本的に変えることができるのではないかと感じました。自分は医学の道に進むつもりはないので、この考えを共有することができたクラスメイトの誰かがいつか画期的な薬を開発してくれることを期待しています。

2019年2月4日月曜日

薬学科・高田正希

今日は心理の偏差値とアロマセラピーについて話しました。心理の偏差値の話ではがんは心理の偏差値の低いところにあり科学的にがんはあると説明できないと仰っていました。逆に抗がん剤が体に悪い影響を与えるというのは科学的に証明されているという話をしました。先生は何度も免疫力を上げることによってがんと共存することができる仰っていて、そういった考え方もあるのかととても勉強になりました。また国立がん研究センターもがんについては詳しく定義しておらず曖昧にしているということもわかりました。そのため、診断する医師によって違いが生まれるということもあるのだと知りました。がん(悪性腫瘍)と良性腫瘍の違いも医師が決めることで明確な違いは無いということに驚きました。アロマセラピーに関しては、授業後に実際にアロマのの匂いをかいでメタトロンによって波長を調べてみました。5%に薄めたすだちアロマの匂いをかぐと最初に計測して赤(不調)だったところが全部緑(好調)に代わっていて驚きました。原液のすだちアロマをかぐとほとんどすべてが赤になっていて驚きました。原液より薄めたほうがいいと先生は仰っていましたが、まさかこんなにも違うとは思ってもみませんでした。携帯をもって計測してみると何もしていない時に比べて少し赤が増えていました。とても興味深い結果が得られて面白かったです。この授業で様々なことをみんなで話し合って実際に経験もすることができてよかったです。

総合科学部 荒金万由子

今日の授業は総括でした 。癌の話では抗がん剤は 危ういものというのは科学的に証明されているが癌が悪いものだという証明はできていないし、癌の定義付けもまだできていない。医者たちは癌が悪いものでないということを認めることができず、癌にとらわれ過ぎてしまっている。がんというものにならない仕組みが 細胞レベル存在する。 体の仕組みと一緒に 先生が説明してくださったのて分かりやすかったです。私は今まで腫瘍と癌の違いもわかっていませんでした 。多分一般の人もその違いがわからないので医者に癌と言われたら信じてしまうんだろうなと思いました 。ですが癌細胞は周期がくれば死んで新しい細胞になるというのなら何で大きな癌ができる人がいるのだろう。大きくなる前に死んでしまうのではないかという風に疑問をもちました。また たくさんの人が死ぬとわけがわからなくなり 真理を考えなくなるだから身近なものに落とし込む必要がある戦争も言ってしまえば経済の問題だという話では 確かに大きな嘘だと信じやすくなってしまって原因を探らないということは この授業の戦争の話で 痛感しました。 大きな嘘ほど 当たり前のようになってしまっていて それを 誰も信じて疑わないのだと思います。それは本当に恐ろしいことだなぁと思いました。

生物資源産業学科 樫原誉

 今日の授業の内容としましては、ガンと真理の偏差値、スダチアロマ(内容としては少なかったけれど…)についてでした。

まず、ガンについて述べていきたいと思います。国立がん研究センターでガンについて検索をかけてみると、定義があいまいな感じでした。インターネットで検索をかけてみると、

 「癌とは,多細胞生物の体の中に生じた異常な細胞が,生体の調和を無視して無制限に増殖し,他方,近隣の組織に浸潤したり他臓器に転移し,臓器不全やさまざまな病的状態をひき起こし,多くの場合生体が死に至る病気〉である。」と書いてありました。ここで思ったことは、「腫瘍とガンとの区別がついていない」です。私もそのように考えていました。それを日本人に当てはめてみると、ほとんどがそう考えているはずです。その固定概念は覆せないでしょう。それは長年にわたってそう教え込まれてきたから。
 真理の偏差値については、先生の話にあるようにぴったり合っているなと思いました。30〜70までを90%としてもう少し広がりを大きくして20〜80を99.9%とするとすべてのカギが埋まったみたいですっきりしました。
 スダチアロマついては少し共感が持てました。自分はスダチの商品開発に関するプロジェクトにかかわってまして、苦労しています。今までの商品としてスダチジュース、スダチジャムを開発しました。化粧品も開発したいけれどもなかなか難しいです。いろいろアドバイスがあるならコメントください。けれどコメントの仕方忘れました。c701801081@tokushima-u.ac.jpまで連絡ください。

2019年2月1日金曜日

医科栄養学科・鈴木由紀 期末レポート

私がこの講義を通して学んだことは、主に二つある。どの情報を信じるべきなのか考えることと医療の現実と課題である。

まず、どの情報を信じるべきかについて、講義での戦争や染料、また癌や余命宣告などの話はどれも今まで想像していたことは違い、真実ではないということを知った。わたしが授業前まで思っていたことや感じていたことのほとんどは教科書やインターネット、周りの人や教師によって教えられたことがほとんどであったが、それが間違っているということは、多くの事実が伏せられたままであるということだと思う。特に印象に残っているのは、講義の前半の内容であった「戦争」について、戦争は儲けのために起こり、国民は騙されていたという話である。本当のことを語られてはいないため私には真実はわからないが「損をしている人がいるということは得をしている人もいる」という論は筋が通っているため、戦争が正義のためではなく儲けのためであったという論は間違っていないのではないかとも思う。このように、教科書や社会で言われていることが正しいとは思いこまず、まずはあらゆる意見を集めそこから真実を見つけるために考えることが重要だと学んだ。これは歴史的事実だけでなく、研究や日常生活のあらゆることに当てはまると思った。テレビや雑誌、インターネットの情報を疑うことはよくあったが、参考書や本に書かれている内容も複数見比べて判断するべきだとも思った。

次に医療の現実である。わたしは医療系の学部に所属しているが、余命宣告やがん、死因についての話はどれも今まで考えて事のなかったことや知らなかったことばかりであった。

余命宣告が「その病院で治療を受けた人が統計的に見てどれだけの期間生きたか」であり、一般的な死因におけるがんで亡くなったということは、がんにおける抗がん剤治療で免疫力が下がり感染病によって亡くなった場合が多いという話を聞き、自分の知識の少なさに驚き、また多くの国民がこのような話を得る機会を得るべきではないかと思った。実際に余命宣告をされた人は家族や主治医と相談し、本やインターネットで十分な知識を得たうえで決断に至ると考えられるが、そうなってからではなくそうなる以前に多くの人々がこのような知識を得るべきだと思う。

 ここに挙げたこと以外にも、今まで知らなかった多くのことをこの講義を通して学べたと思う。これからは、先生が前半の講義でおっしゃっていた「積極的に学びの場へ参加し人と交流する」ということや、「疑問に思い調べること」を実践していきたいと思う。


2019年1月31日木曜日

薬学部共通学科・宮本真紀

期末レポート
この授業で事実かどうか区別することや自然の摂理の大切さを学んだ。前半の授業で主に戦争についての話をした。戦争は敵を大量に殺すもので、自然の摂理に反しているということが初めはよく分からなかった。動物がやらないことは自然の摂理に反しているというような話があったが、戦争では大量に人を殺せる兵器を作ったり、国のためや正義のためというように人殺しを正当化したりすることは自然の摂理に反しているということは何となく分かった気がする。私はテレビで戦争についての番組を放送している時は、悲惨な話をしてもう戦争をしないようにしましょうという内容が多いように感じていて、戦争は誰かが始めたもので、誰が始めたかは悲惨な話や皆で始めたという話にごまかされているということに納得出来た。学校の歴史の授業では何年に何があったかやその背景を教わったが、誰が戦争を始めたのかは分からず、この授業で初めて知ったことや考えたことも多いので、学校で教えられていないことがたくさんあると感じた。自分で調べて学ぶことが必要だと感じたが、その時にその情報が事実かそうでないのか区別することが大切だと思った。この授業を受けるまでは教科書や学校の先生が言っていることは正しいんだろうと漠然と思っていたが、教科書に書いてあったり先生が言っていることでも、それが間違っていたり不十分だったり、事実ではないことだったりする可能性があるので、自然の摂理に従っているか、自分で経験したことがあるかなどを基準にして自分で判断出来るようにしたい。
後半で医療についての話をした。最も印象に残っていることは、医者が余命宣告するのは医者や病院の権威付けのためになっているということだ。がんになった時の余命宣告は抗がん剤を使った時の余命であり治療を受けない場合はもっと長い、抗がん剤でがんが治るというのは想像で、抗がん剤は腫瘍を小さくするだけで、小さくなってもまた大きくなることがある。抗がん剤は元は人を殺すための毒ガスで、毒性を弱めたと言っても治療に使うのは自然の摂理に反していると私は感じた。これらの事実を知らないままだと、ガンが治ると思って抗がん剤治療を受けたり、知り合いからがんについての相談を受けた時に適切なアドバイスが出来なかっただろうと思った。生活習慣病の診断で、高血圧や糖尿病などはある数値を定められていて、それを超えたら病気にされるというのは怖いなと感じた。歳をとったら誰でも正常値から外れるので、高齢者が全員病人になるようなシステムは辞めるべきだと思う。高血圧や糖尿病で薬を飲んでいると飲んでいる間は正常値に抑えられるが、飲むのを辞めるとまた高くなってしまうので、正常値にしたいと思ったら、薬を飲むだけでなく普段の生活から全て見直して改善することが大事だと感じた。

2019年1月30日水曜日

総合科学部 村井琢雅

期末レポート

1.この講義を受けて思ったこと

 先に、この講義を受けて私が思ったことについて述べていく。この講義は、個人、一人一人が同じ問いについてそれぞれの意見を述べていくという形態であり、また、社会人の人たちがいることで、その人達と考えの共有、考えの視野を広げるなど他の講義の形態とは異なっている。このことについて私は独特な形式をとっているなと思った。

講義の中で何度か実験することがあったが、その中でも特に「波導、電磁波により水の後味が変わる」という実験と、「波導により体の不調となっている部分を見つける」という

実験について、私は本当に味が変化するのか、不調を見つけられるのかという疑いを持ってしまい、信じることが出来なかった。これらについて信じるためにはしっかりと信頼ができる組織が公表している「データ」が必要であるだろう。

 前段落のように不確定な事象に対して、確実にするためには、「データ」は必須のものとなるだろう。しかし、講義中に「国立がん研究センターはがんについて公表していない『データ』がある。また、公表している『データ』の中には間違っているものもある。」と先生がおっしゃっていたことから、しっかり信頼を置いた「データ」であっても不確実なものであることがあり、安易に何でも信じるべきでないことがわかる。また、私達が生活している中で、確固たる証拠がある、理由がわかっている事象はあまりなく、例えば、水という物質についてもわかっていないことがある。もし、わからないことをわからないままにしておけば社会は動かなくなってしまうだろう。そこで「この事象が発生するには、こうなる必要がある」という仮定をすることでそのようになることを回避していると私は考えるが、「仮定」はあくまで「仮定」であって、「真実」ではなく、「真実」だと思いこむことはしてはいけないだろう。

 

2.何を学んだか

 この講義を通して、学んだことについて、私は3つあると考える。1つ目は「疑うこと」である。前項でも述べたように、私達が普段生活している中で、確固たる証拠や理由がある事象というのは少ない。しかし、それを知らずに、先入観や偏見で「真実」だと思い込んでしまっていることが多いように感じる。これについて、講義の中で「本当に正しいのか」という議論を何度も繰り返したことにより、例えば、レポートを書くときに引用したいデータやテレビでさも「真実」のように放送している物事に対して「本当に正しいものであるのか」と疑ってかかるようになった。2つ目は、「自分の未熟さ」である。この講義では社会人の人達が意見を述べることにより、私達学生の思いつかないような成熟した考えを知ることができた。ここから、「自分の考えがまだ甘い」、「自分から率先して行動が出来ていない」と感じたためである。3つ目は「私自身の考え方とは違う考え方をすれば同じ物事でもとらえ方が異なる」ことである。この講義の特徴である「皆で議論する」ことにより、例えば「余命が3か月の時に抗がん剤を使用するか否かという問いに対して、長く生きたいと考えて、使用するという考えと、クオリティーオブライフの観点から、残りの余生を楽しもうと考えて使用しないという考えがある様にいろいろな観点で物事を考えるようになった。

 以上の学んだことをこれからの大学生活で生かし、自分から積極的に行動ができるようにしたい。


総合科学部 村井琢雅

 今回の授業では、病院についてと、前回に引き続き抗がん剤について議論した。確かに、最近は自宅で最期を迎えることは少ない一方で病院で迎えることが多く、病院が病気を治療する場所ではなく死を迎える場所というのは良く分かるが、僕は病院にはまた違う役割があると思う。それは、病気を治療するきっかけを与えてくれる場所であるという事である。授業中にも出たが、自分では病気と判断できかねるときに、医者が診断し、病気なのか病気でないのか、また病気であればどのような病気なのか教えてくれることで、診察に来た人の不安を取り除いたり、早期に治療を開始できるために風邪などを早く治すことが出来ると考えたためである。
今回実際に抗がん剤に使われる「エンドキサン」という薬剤を見たが、見た目は普通の粉薬のようで、毒には見えなかった。しかし、薬剤の有効率が説明書に書いてあったが、そこまでがんに効く比率は高くなく、また、先生の話で「薬剤を使うことで一時的な回復をしているだけで、その後はその薬剤によって急激な体調の悪化し、死に至ってしまう。逆に、薬剤を使わないことで、今も生きている人がいる。」というのがあったことから、僕は抗がん剤の存在意義がわからなくなってしまった。


薬学部共通学科・宮本真紀

今回は医療やがん治療の話をした。抗がん剤の有効度が、腫瘍がある期間の間に25%小さくなった割合だということを初めて知った。また、その後腫瘍が大きくなると聞いて驚いた。先生も仰っていたように、がんに有効だと聞くと腫瘍がなくなると思う人が多いだろうと思った。事実と想像を区別することが大事で今のがんの仕組みなどは想像に過ぎないと聞いて、想像を元にしている今のがん治療を信じきるのは少し怖いなと感じた。教科書に書いていることが全て事実ではなく、想像や、仮説と書かれているものもあるので、区別できるように気をつけたいと思った。
なぜ病院に行くのかという話題で、私はインフルエンザなど感染したら連絡する必要がある病気にかかったような時や、怪我など自分ではどうにも出来ない時に行く。病院で病気をもらってしまうことがあると仰っていたが、ハッキリ病名を教えてもらったり治療してもらうと安心出来るし治るのも早いので行った方がいいと思った。

2019年1月29日火曜日

創製薬科学科 吉田 響

期末レポート

この授業はみんなで会話をして能動的に参加する授業で、ほかの大学での授業と違い強制的に発言しなければなりませんでした。初めのうちは授業に行くのが怖くて嫌でしたが、徐々に慣れてきて今回はどんなテーマなのだろうと少し楽しみになってきました。この授業は「グローバル社会における医療の課題」という名前なので難しそうなイメージを持っていましたが、初めの授業での会話のテーマが自分の行きたい国だったり、課外活動にヨガがあったりして驚きました。また、授業には一般の方が参加されており幅広い知識や今までの経験による話、事前にいろいろなことを調べてくる積極的に知識を身に着けようとする姿勢など、見習わなくてはいけないことなど多々ありました。

授業の内容では、まず計画と目標を立てることの重要さについて話し合いました。授業の結果、物事を進める際、大まかな計画を立てて、柔軟に計画を変更しながら目標に近いていくことが大切だという意見になりました。将来のために今何ができるのかを考えたりもしました。

次は自然の摂理を用いて物事の善悪を考えてみるということでした。この回では先生の意見にも賛否両論あり議論が盛り上がったので楽しかったです。主に戦争について話し合いましたがこの回は、私は先生の意見に終始反対でした。しかし、自分と全く考えの違う人の意見にも納得できる部分がところどころありました。この回では、相手の意見をちゃんと聞き、正しいと思う部分には納得したうえで、違う部分を否定することでより自分の意見を強くすることができると思いました。

その次にテレビ番組や教科書にも間違いのあることから、与えられた情報がすべて正しいというわけでなく疑問に思うことの大切さについて話し合いました。ここでは、日常で当たり前に観ているテレビ番組を「なぜ」「本当かな」と否定的な視点でみることでより多くのものを得られる可能性のあること、自分に必要な情報を選び抜けることの大切さを学びました。

次に水のクラスター化についての話で少し専門性が出てきました。体内ではクラスター化を解き、ばらばらの状態であるということでしたが、これには私も含め反対意見もありました。この回ではオイルに近づけると水の味が変わることや、呼吸のしやすさが変わることの体験、また、メタトロンという機械を見せてもらえました。この授業では、ヨガも含め様々なことを体験できました。あまり変化を感じた人はいませんでしたが、人の意見を頭ごなしに否定するのではなく、自分が体験することで決めることが大切だと思いました。

この授業は、初めに想定していた内容とは全く異なるものでしたが、今までの生活を見直すことができ、日常での意識を変えていかなければならないと感じることができました。今の自分の生活にはテレビを見たり、スマホをさわったり無駄が多すぎると思います。今の環境を当たり前だと思わず、どうしてこんなことができるのだろうと考え、調べることで知識を増やし、より自分のためになります。小さなことから少しずつ意識を変えて、将来、より大成する人間になりたいです。

 

 

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2019年1月28日月曜日

生物資源産業学科 樫原誉

今までの授業で印象に残っていることは、医療のことと戦争に関してでした。まず、戦争について語ろうと思います。戦争に関しての講義は三回ありました。それは自然の摂理と関連付けての講義でした。「自然の摂理」は自然に起こる現象(人間を含まない)と位置付けており、軍部などの指示で起こったというより、政治的な(国家の)欲求から生み出させたという意見が多くありました。それで城下町の住民たちから徴兵するには多大な時間や費用を有すると思いますが、あまりかからないというのが現実です。なぜなら理由は二つ挙げられます。一つ目は、徴兵は政府によるでっち上げによるのではないかだと思います。もし戦争に参加したくない人がいたとしたらどうでしょう。その嘘に騙されて武器を持ち、戦闘機に乗り、なんのために戦うのかも分からず、困ったものですね。戦争に参加した体験談を聞いたことがありまして、その人は、戦争には強制的に参加しろとの命令があったといっていました。そして『日本の勝利に貢献できるなら戦いに参加して死に行くのも悪くない』と思っていたようです。けれど、実際に戦場に赴いてみると戦争に参加しなければよかったと思ったそうです。やはり、戦争は自分たちの生活の場所を奪い、苦しめるものである。そういろいろ考えていると戦争の奥深さがひしひしと伝わってくるように思えます。次に、医療について語ろうと思います。医療に体系は病を治すためではなく、利益を求めることが重視されているように思える。それゆえに秘密裏にされていることが多いと思う。例えば薬についてだ。主作用や副作用の説明は薬剤師からされるが、どの器官に作用するのかの説明が一切ない。現場で働いている人しか知らない情報が飛び交っているのだ。それは一般の人たちには今の医療に現状も把握できないし、どう動いているのか分からない。つまりブラックボックスなのである。その現状を破壊する方法はない。あと、医者が勧める薬剤は一般の方からすれば、私たちより医療に関しての知識や情報を持っているから信じてもよいと考えている人が多いと思っています。だって私たちは『小さいころにもらった薬が効いたから医者は正しい』と思い込んでいる。だから副作用が強く、感染症にかかるリスクがあっても治ると思っているから癌になったときに抗がん剤治療を受けるのだと思います。だから死亡率が低下している。医療ドラマを見ていても思うことはあります。実際の医療はこんな体制で動いているのかと。だから私は思ったのです。結局のところ抗がん剤治療を受けるのは『小さい可能性に欠けてでも行きたいから』この一択に限る。私たちの生活を考えてみると、リスク背負って生きている。私たちは人生の選択をして生きないと生きていけないものである。だから少ない確率でも生きる可能性があるならかけたいのは当然である。結局私たちはどのようにして生き抜いていくべきなのでしょうか。

総合科学部 藤本架音

期末レポート

この授業で、私は「目に見える情報が真実とは限らない」ということを学びました。まず、前半の「学び」について。先生は、学びの基本は疑問を持つことからだと仰っていました。旅をすることは非日常を体験することだということも仰っていましたが、私はその先生の話で旅行に行ってみようというきっかけを得ました。何かに疑問を持たなければ学びのきっかけも得られず、旅をして知らない人と交流することは疑問を持つきっかけになるということだと思いました。後半は、本格的に医療の内容に入って行きました。医療において先生がいつも仰っていることは「自然の摂理」で、自然の摂理のとおりに動けば身体のために良い効果が得られるし、自然な姿だとも仰っていました。それを考慮すると人殺しをする戦争は全く自然な姿では無いので整合性がとれるように言っていても結局は間違いでしかないと学びました。また、社会人の方もよく仰っていたことは物事には全てお金の事情が含まれているということです。戦争も国同士でお金のやりとりがあるし、健康ブームにもお金が絡んでいることはよく考えたらわかることですが、メディアが流している情報を信じ込んでいたので間違っているなとどは思いもしませんでした。とくに私が覚えているのが糖尿病の話です。何を食べたら血圧が上がるから食べてはいけない、その代わりにこれを食べるといい、といった内容のテレビ番組は良く目にします。先生が血糖値や血圧が食べ物によって上がったり下がったりすることの根拠はないし相関があると分かるデータもないと仰ったのにとても驚きました。そのことを考えると、一時期流行ったココナッツオイルやヨーグルトなどもテレビ番組で特集が組まれた次の日からスーパーマーケットから無くなったことを思い出しますが、今思うとテレビ番組で特集されていることもお金の事情が多分に含まれているから嘘とは言わないまでも100%真実とは限らないんだろうな、と判断できるようになってきました。また、最近の授業では身の回りの物が身体に影響を与えるということを体験してみるということもありました。やはり1番記憶に残っているのは「アロマオイルを指先で持って呼吸しやすいオイルはどれか、呼吸しづらいオイルはどれか」ということを体験してみた授業です。あの授業で私は何も感じられなかったので、体感できた人にどんな感じだったのか良く聞いてみたいと思いました。さらに電気のコードを反対の手で持ってみると呼吸しやすさが変わるというのも不思議に思いました。体感できた人は身の回りの物による影響が小さいのだろうし、私は電波や身につけているものの影響が大きいから体感出来なかったのだと思います。このようなことはメディアでは報じられないけど、研究している人がいるのだから何事にも意図が含まれているということは確実だと学びました。

 この授業で医療についての知識が0の状態から増えたし、興味を持つところから初めて学んでみようという姿勢になれたので、大学では普段「目に見えること」以外のものを自分で探せるよう努力しようと思います。


総合科学部 藤本架音

今回の授業も、前回に引き続き抗がん剤治療についての話が中心でした。実際に抗がん剤そのものを見たのが始めてだったので、貴重なものを見ることができて良かったです。1番驚いたのが市販薬と同じように説明書が付いていることです。当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、抗がん剤はほかの市販薬とは違うもののようなイメージがあったので看護師や医師にならなければ見れなかったものなのかな、と思いました。私はインフルエンザになったとき必ず病院に行きます。治療するためというのもありますが、診断書をもらわなければ休養として認められないということが大きな理由になっています。先生が仰っているように病院の診察が医者の手に委ねられていて、悪く言うと適当なのかということの真偽は分かりませんが、社会のシステム的に通院せざるを得ないという人も多いのでは無いかと思いました。

歯学科・堀江浩輝

 今日の授業も前回に引き続き、医療におけるデータの不確かさについて主に議論しました。先生が最も強調していたのは、「与えられた情報が"事実"なのか"推測"なのかを区別することが大切」ということです。これには僕も強く共感しました。私は本でがん細胞は止まることのない暴走列車(勝手に増え続けるということ)だと認識していましたが、それは事実ではなく推測だと今日知りました。このように、私たちの周りでは多くの情報の事実と推測が混同されていると感じました。事実か推測かを判断基準に物事を取捨選択するのは非常に理に適っていると思うので、思考のレパートリーに加えておきます。一方で共感できなかったのは、医者などがお金儲けのために原因療法を行わないということです。根拠と問われればハッキリしたものはないですが、医療倫理から逸脱いているように感じて仕方がありません。

理工学科・応用理数コース・坂上陽俊

今回の講義ではここ最近の講義に引き続き癌に対する治療の実態や、様々な病気への対処、病院自体のあり方について話し合いました。

先生がおっしゃるには、病院というのは人が死ぬ場所であり、治す場所ではないとありました。たしかに病気になった人は病院へ行き、診断結果によれば入院、根本治療ができなければそののまま亡くなってしまうということを考えれば間違ってはいない。ですが他のクラスメイトが言っていたように物は言いようだなと感じました。根本治療ができるならばそのほうがいいに決まってますし、その段階に至っていないからどうしても対処療法になってしまうと思います。理想を追い求めるのは大切なことですが、現実とのギャップを受け入れるのではなく否定するのは少し乱暴ではないかと感じました。

薬学科・高田正希

期末レポート

 

 私がこの授業で何でも信じるのではなく疑うことが大事である、と学んだ。そうしなければ物事の本質が見えなくなってしまうということだった。そのために先生は様々な例を持ち出した。その中でも印象に残っているのは医療に関する話題だった。抗がん剤は劇薬で体に毒なので使わないほうがいい。本来がんというもので死ぬケースはまれで多くは抗がん剤治療によって免疫力が低下して感染症にかかり死に至るというのが多いということを聞いた。また医師がなぜ余命宣告をすることができるのだろうかという話もした。先生の話では、健常者に抗がん剤を投与することはできないし、がん患者に関しても最後まで抗がん剤治療をしなかったというデータがないので比較することは難しく余命宣告ができるのはおかしい、余命宣告ができる理由としては医師が抗がん剤を患者に投与したために余命が短くなり、正確な余命がわかるのであると聞いたときは驚愕だった。薬というものは抗がん剤を含め製薬会社が研究を重ね、この病気には効くだろうと科学的に証明されているもので自然の摂理に反しているために体に入れるとすべて毒というのは言い過ぎではないかと考える。また余命宣告が正確にできるようになって医師や病院の権威が保たれているというのは今まで全く考えたこともなかった。戦争の話をした時もそうであったが何かを犠牲にしてお金を稼ぐというのは往々にしてあることなのかと思った。

 また先生が繰り返し言っていた自然の摂理という話についても様々なことを学んだ。元来、人間は自然の中に生きて自然の摂理に基づいて行動すべきだが現代ではそれが軽視されていることを先生は指摘していた。戦争は人間の利益を追求した結果であり、自然の摂理から離れているというのはある程度理解できた。また自然の摂理を無視し利益を優先したために人の命が犠牲になったという話も理解できた。しかしそれを重んじすぎるのも問題であると考える。物事を判断するときは様々な要因が絡んでくるのですべてのことに当てはめて考えるのは無理があると考える。人間が作った建物も化学繊維もスマートフォンも自然のものではないので自律神経を乱し不調をきたすというのは正直信じられなかった。現代では人工のものがあふれ、たくさんの機械を使っているためそれらを取り除いて生活をするのは不可能である。物事を判断するうえで自然の摂理が適用できる場面はあると思うがすべてのこと、ましてや身の回りのものにまで適用させてしまうと何もできなくなってしまうと考えた。

 この授業で学んだことは簡単に鵜呑みにしてはいけないということだった。そのために先生は誰が見ても信じられる客観的データなどの証拠が必要であると強調していた。また現実では想像や証拠がないことを事実かのように言っていることもあるので物事もうわべだけを見るのではなく本質を見抜くように心がけたい。これから物事を懐疑的にとらえ自分が納得したもののみを信じようと思った。


生物資源産業学科 樫原誉

今日の講義は、主にガンについて考えさせられる授業でした。先生がおっしゃっていたように癌の無限増殖はあくまでもないと考えられます。

私の一つの仮説なのですが、ガンは先に減数分裂などで細かく分裂した後にガン細胞が糖などの栄養分と摂取し、成長することで腫瘍が大きくなっているのではないかと考えます。そう考えると細胞の成長も考えられますし、ガンの無限増殖という考え方も打ち砕けられるのではないかと思います。

 それと話は変わりますが、病院についての話もありました。先生は、病院は自分たちの死に場所であり、病気をもらう場所でもあるとおっしゃおいました。私も先生の考えと同じです。なぜなら私も経験があるからです。最初のは違いますよ。すごく小さいころの思い出ですが、一回風邪をひいて病院に行ったことがあります。その時は寒い冬、今頃の季節でした。その時はちょうどインフルエンザが流行しててインフルエンザにかかった患者さんが多かったのを覚えています。病院で診察してもらい、日付が変わったときに急に熱が出て、インフルエンザとイン弾されて嫌な記憶があります。それを知ってからあまり言っていません。というのが現状です。まだ抗がん剤についても話したいですが、あまりにも行が多くなると思ったのでここでやめておきます。

薬学科•高田正希

今回の授業は事実を証明するのは難しいという話をしました。大抵のことが証明できず、想像と事実を捉え違えている可能性があるという事でした。そのため医師の診断は適当にやっておりなんの根拠もなく病名を診断して薬を処方していると、先生は仰っていました。しかし医師だけでなく何にでも当てはまる事なのですが、絶対に診断が当たるということはあり得ず、ある程度の症状を照らし合わせて病気の種類を特定しているので何か証拠があって判断しているのではないと思います。証拠を追求すれば、無いと言わざるを得ませんが、証拠がなければ診察は当てずっぽうで全く信頼できないかというとそうでは無いと考えています。また先生のような病院は根本の治療が出来ていないので通っていても全く意味がないといった考え方もあるのか、と考えさせられました。私は対処療法であってもつらい病状を軽減できるので あれば病院に通おうという考えです。しかし多くの人は病気を治すのは自分自身の力であり薬や医師はそれらを手助けするものだということを理解して病院にしていると思います。

創製薬科学科 吉田 響

今回の授業で一番疑問に思ったことは仕事がなくなるので根本治療できる薬を作らないということです。作れないというのならしょうがないと思いますが、作れるのであれば作ると思います。現在の社会ではAIの台頭により様々な仕事がなくなると言われています。技術が上がるにつれて仕事も変わってくるので医者という仕事がなくなってもいいと思っています。病気の診断から処方まですべてAIに任せたほうが疲労によるミスがなく医療費の削減にもなると思います。また、抗がん剤が有効な根拠があるかという話は、先生の仰っていたUFOの話のように難しいと思います。一番早い証明が抗がん剤で癌による死亡率を下げることだと思いますが、現在では癌が死因第一位になっていることからも、抗がん剤があまり効いておらず、副作用が強いことから、あまり投与することはよくないという先生の意見に少し賛成です。ただ抗がん剤によって助かる命もあるので、副作用を減らすことで抗がん剤治療はより良いものになると思います。

 

 

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総合科学部 荒金万由子

今日の授業も前回と同じ抗がん剤についてでした。「認可されているからといって効くとは限らない。抗がん剤は特に安全性の試験も行われない。認可されるには基準が必要。だが臨床試験でデータがとれものでないといけない。すると一時的に症状を和らげるものしか認可されない」私も今までは認可されているものは安全だと思い込んでいました。だから安全性が確かめられていないというのは初めて聞いた話だったのですごく驚きました。「自然の摂理を自分で観察できない人間は周りの人間に流され生き残るのは難しい。」という話で私は先生の話を聴いていなければ将来癌になってしまったら間違いなく抗がん剤を使ってしまっていたと思います。何も知らずに使ってしまうのは本当に恐ろしいなとおもいました。先生は病院は病気を治してはくれないとおっしゃっていましたが私は病院に行くことで病名がわかり、安心に繋がるとおもうし、知識のない人間が自分で解決しようとして手遅れになることもあるので薬を飲む飲まないは別にして医者などの専門家の意見をきくことは必要だという風に思いました。

2019年1月27日日曜日

期末レポート 創製薬科学科・山田祥熙

グローバル社会における医療の課題 期末レポート

薬学部創製薬科学科1年 山田 祥熙 4018050396

私はこの講義を通じて、学んだことは大きく分けて三つある。一つ目は、自分の知識の少なさとどう向き合うかである。二つ目は、教育についてである。三つ目に医療の課題である。

一つ目の自分の知識の少なさとどう向き合うかについては、これは、この講義を受ける前から自分自身で感じていたが、この講義の話で出てきた様々な情報に対して、自分の意見を持ち、発表しなければいけないのだが、私は知識不足のためそれができないことが度々あった。例えばどうして戦争が起こるのかについての話である。講義中に戦争は自然の摂理に基づいていない行為であり、自然には起こらないことであるという話が出たが、私は戦争なんて突発的に起こるものだと思っていた。そのため、私は意見を述べることができず、その講義を終えてしまった。次の講義で、戦争は事前に協定が取り決められて、その上で戦争は恣意的に起こされているものだという仮説を、戦後に医学会が急発展したことの根拠とともに出されたとき、私は知識不足を痛感させられた。その解決策として、それもこの講義で学んだことだが、本を読もうと思った。本はネットによる情報と違い、ある程度の信頼がおけるので良いという話であった。私はその事実は認識していたが、これまでそのような時間がないなどの言い訳をして、本を読むことを遠ざけていた。しかし、これからはそのような言い訳をせずに、本を読もうと思う。

二つ目は教育についてである。まず述べたいのは、学校教育についての根幹をなす教科書についてである。この講義で度々教科書は正しくないという話が何度も出てきた。私もその意見には賛成で、時が経つにつれ新たな発見があるから、今の教科書は未来の人から見たら、正しくないのだろうというように思っていた。しかし、実際はもっと深い意味での教科書が正しくないという話であった。その例として、再び歴史の話となるのだが、一つ目の自分の知識の少なさの話において、この歴史の話はしているのでここでは省略する。ここで重要なのは教科書の信用性である。私たちは教科書を絶対的で嘘偽りないものだと信じている人が多いと思う。嘘偽りのある教科書の範囲で試験を行い、その結果で受験の合否を決めたり、成績の順位を決めたりしているが、それは本当に正しいことなのだろうか。私が講義で話を聞いて感じたのは、特に歴史を勉強の科目としている意義が今のところないのではないかということである。歴史を学ぶ意義は歴史上の出来事から自分なりの考察をすることが重要なのであって、決して年号を覚えることに価値はないと思う。私は高校の時、世界史を選択していて、いかに点数を取るか、どうしたら覚えられるのか、そのようなことばかり考えていたので、このような重要な事実を見逃していたのかもしれない。大学生となって何のために勉強をするのかを考えるようになって、またこのような講義を通じて分かった。

三つめは医療の課題についてである。私は薬を飲めば病気は基本的に治るもので、明治以降、日本に取り入れらえた西洋医療は万能なものだと思っていた。しかし、この講義を通じて、西洋医療は決して万能ではなく、今の医療体制に少し疑問を持つようになった。それは、この講義中に出てきた話で、医療は発展しているというがなぜ患者は減らないのかという話である。私は、医療は発展し寿命が延びてきていることばかり注目していたが、なぜ患者の数が減らないのかという話の答えが推測できなかった。その講義の結論は、西洋医療は個々の臓器の個々の事象にばかりにスポットライトが当てられているが、体の構造はもっと複雑であり、体全体あるいは体の周りの環境による影響を無視しているということであった。私がその話を聞いたときは理解できなかったが、患者やが減らないことに対する明確な答えがまだ見つかっていないので、体全体あるいは体の周りの環境を考慮する必要があると感じた。

創製薬科学科・安藤颯

期末レポート グローバル社会における医療の課題という授業を通して私が学んだことは、得た情報は鵜呑みにするのではなく疑うべきということだ。例えばなぜ戦争が起こったのかについてだ。私はいままで歴史の授業で習ったような、ある種表向きの情報だけで戦争が起こったように考えていた。そしてそこに何の疑問ももつことは無かった。しかし授業で、日本がアメリカに勝つことは無いということを時の権力者は知っており、負けたとしても金儲けができる仕組みが形成されていたということを扱い驚いた。当時の人がそのことを知らずに、国に騙されていたという話も戦争を説明するにあたっては否定しきれないとも考えた。そして自分が一番ショックを受けたことはこの戦争によって現代の医学は進歩したということである。この発想は今まで生きてきた中で触れたことのない意見だったので、ひどく考えさせられた。また、私は薬学部なので薬に関しての議論が印象に残っている。薬は化学合成されたものが多く、自然の摂理に反しているため、飲むべきではないということや、生活習慣病などといった新しい病気を作り、それを改善する薬を患者に処方することで、医学関係者は儲けているということを先生はおっしゃっていた。前者に関して、確かに薬には副作用が必ず存在しているため、100%の安全は確保されているわけではないと思う。だからといって薬を飲むべきではないという理論は飛躍のし過ぎではあると考える。薬は認可されるまでに多くの試験を通っており、その有効性や危険性が厳しく調べられている。また市場に出回るようになってからも副作用の可能性は監視されている。過去にサリドマイド事件など、実際に薬害は起きているが、そのような事例は極稀である。そのため薬は危険というような先生の言い方には同意しかねる。ただ後者に関して、生活習慣病などの疾病に効くとされる、異なる作用の薬を大量に飲んでいる人がいることは事実である。私の祖母は高血圧を抑える薬やカリウムの値を調節する薬など様々な薬を毎日服用している。ただ本人曰く薬を飲んだことによって目立った効果は見られないそうだ。薬の服用をやめたことは無いため、実際に薬が効いているのかについては分からないが、このことは確かに先生のおっしゃった医学関係者の金稼ぎ説を立証しているようにも思えた。このことから、大切なことは自分の意志で決定すべきであり、医者に言われたからといってすぐにそれに従うのではなく、一旦様々な観点から自分の健康について捉えなおすことなのだと感じた。

授業において自分が今まで考えたことのないような話題に触れた際、私はつい今まで経験してきた知識に基づき、主観的に判断してしまっていたように思う。これからは物事を客観的に判断し、慎重に物事の本質を見極められるようにしていきたい。

 

 

 

2019年1月26日土曜日

総合科学部 荒金万由子

期末レポート

この授業で私が学んだのは"疑うことの大切さ"だ。人はそう簡単には嘘をついたりしないものと思っていたので今まではすべてを疑ってしまうことに抵抗があった。だけど今の世の中は嘘で溢れている。先生のお話を聞いてそう感じた。

私が一番印象に残っているのは、戦争についてのお話だ。戦争はだれが何のために起こしたのか?この質問に対して私は、戦争は当時日本は国際連盟の中で孤立しその上、国内でも戦争をしようという方向に動いていて、ほかに選択肢がなく起きたという風に考えていて高校の教科書で習った内容を鵜呑みにしてそれを当たり前の真実だと疑いもしなかった。だから戦争で国民はだまされていたという先生の話に疑問をもっていた。けれど「そもそもアメリカとの戦争に勝ち目などなかった。だから意図的に権力のある人間が起こそうとしなければ起きない。なぜそんなことをしたかというと金儲けのためだ。だから当時の日本には負けても金儲けができる仕組みがあった。けれど国民はそのことを知らない。そういう意味で国民は騙されていた。」という先生の意見は私にとってすごく新鮮であった。薬についても同じだ。今までは医者の言うことはすべて正しく、それを裏付ける根拠もデータもあるものだと考えていた。けれど実際はそうではなくあたかもデータがあるかのように言っているだけの事が多いということや余命があまりあてにならないというのは驚きだった。

波動については物理を少ししかやったことがなかったのでほとんど知らないことばかりだった。インドアイを水に近づけると水の性質が変わり水の味に変化が生じるという話で微瓶の蓋も開いていないのに影響を受けるものだろうかという疑問や見えないから確かめられないなどと波動の力について半信半疑だったが波動の力を使った医療器具で臓器の固有の振動数で体の不調を割り出すという機械を見て波動がどんなものなのか少しわかった、。この機械はほんの数分で体全体の調子を調べることができる便利なもので、この機械がもっと普及したら健康診断などに使用されたりして色々な病気の早期発見につながればいいなと思った。

この授業では自然の摂理や自然の営みという言葉がよくでてきた。「人は嘘をつくから自然の営みを信じたほうがよい」という意見に今までの私ならそんなことはないと考えていただろう。けれど先生のあたりまえ・常識がいかに危ういのかという話は今までの考えを振り返り、考え直すきかっけとなった。これからはあたえられた情報を鵜呑みにするのではなく、「この情報には根拠があるのか」という疑う視点を持ちたい。

歯学科・堀江浩輝

1月23日(水) ヨガ 参加人数:4人

 

今日で7回目のヨガの参加になりました。今までは映像を見ながらヨガをしていましたが、今回はインドの先生に教えていただくことができました。新しい呼吸法などを体験できてとても新鮮でした。期末試験と実験レポートで疲れていましたが心身共にリフレッシュでき、改めてヨガの力を感じることができました。これからは疲れた時などに学んだヨガを少しでも実践していこうと思います。

理工学科・応用理数コース・坂上陽俊

期末レポート

「グローバル社会における医療の課題」という講義を通して自分が学ぶことができたと感じるのは、今、当たり前だと感じているこの世界は見えない誰かの考えや固定概念によって支配されているかもしれないということである。これは自分が普段、いかに物事を深く考えていないかということを痛感させるものであった。

講義の序盤に話題に出た、"自然の摂理"という考え方によって戦争が何が正義で何が悪なのか、戦争をすることの本当の目的などを知ることができた。戦争とは自然界に起こる縄張り争いとは違い、相手の生死を問わないという点と自身の目的と行動が一致していない点にあると思った。自然界では縄張り争いをする過程で相手を殺してしまうことがあっても殺すことが目的ではないということ、相手を殺したくはないが殺さなければ殺される、殺すことを正当化しなければいけなかったということである。このようなことを考えることによって"自然の摂理"から外れている物事について考えることが当たり前になっていることに疑問を持つことができるようになるための一歩になるのではないかと思うことができた。

回を重ねるごとにそれまでの考え方を用いて現代医療について考えることで今までの常識を考え直させられることが多くなっていき、その一つが現代医療にはデータに基づかないものがあるということである。個人的な話にはなるが、自分は物理に興味がある以上、教科書に書いてあることが本当にあっているのかということについて疑問を持つことや、突然出てくる数式に対してその成り立ちや理由を考える癖はつけていたつもりではあったが、この時代の医療がデータに基づかないなんてことがあるのかと思った。

しかし、このことが真に意味するのは字面が表すようなものではないのかもしれないと感じた。本来、体の中に存在しないものは等しく害のあるものであり、このことから治療に使われる薬も毒薬にあたるとのことであった。しかし、今ある薬が病気の原因となっているものを消滅または弱体化させることができる以上、この薬が人体に有益か有害かと問われれば有益と答えざるを得ない。ならば、毒薬と考える根拠は何なのか、それは薬による二次的な効果、副作用のようなものについての考え方ではないのかと感じた。薬が目的の効果を発揮することは認めるが、いまだにわからないことが多い人体に対してこの薬が他にどのような効果をもたらすかは保証しない、それが有害なものであるかもしれない、ということではないかと理解した。

先生のおっしゃることに対して疑問に思うことは多くあったが、否定するということは議論する可能性を無くすことにつながりかねず、危険なことだということは認識しているので、議論型のこの講義を通して賛成意見と反対意見の相違点を見つけ、その根拠となることについて解決策を見出すことが現代医療の問題点だけでなくその他の様々な問題について重要なことであり、打開策となるような独創的な考え方に行き着くための手段になるのではないかということがこの講義で学ぶことができたものであった。

2019年1月25日金曜日

薬学部共通学科・宮本真紀

1月23日 6号館201 ヨガ 参加人数4人
今回で5回目だった。前回よりも呼吸を意識してできた。しかし休憩を挟んだあとや最後の方はつい呼吸のことを忘れてしまった。どこで息を吸ったり、吐いたりしたらいいのかよく分からなくなってしまった。ヨガをした後は体が伸びたような感じがして気持ちよかった。逆立ちするようなポーズが上手くできなかったので残念だった。
ヨガをした後は体がスッキリするので、これからも時間がある時はやりたい。

2019年1月24日木曜日

総合科学部 社会総合科学科・村井琢雅

 今回の授業では、前回に引き続き余命宣告と抗がん剤について議論した。抗がん剤についてだが、私は余命が3か月など短くても、少しでも良くなる確率があるのなら使うべきだと思う。ただ、今回の授業では、「抗がん剤を使うことで免疫が低下し、それによって早く亡くなる」という話が出たため、使用するにはあまりにリスクが高く、「がんになったらすぐに抗がん剤を使用しようとするのは考え物であると感じた。もし、早く亡くなるのであれば、なぜ現在も「がんに効く薬」として国が認可、または、人々が認識しているのか不思議である。他の薬はないのだろうか。
 次に余命宣告だが、「医者が自分の保身のために短く余命宣告をする場合があるのではないか」という意見が出た。前回の授業でも余命宣告について経験や憶測で言っているのではないかという意見が出たため、そのようなことも考えられるなと思った。また、余命宣告を行うことは本当にメリットがあることなのか、意味が見出せることなのかと思った。


2019年1月23日水曜日

薬学部共通学科・宮本真紀

今回の授業では、ガンについて話した。最初に前回の続きで、医者はどうやって余命宣告をしているのかについて話した。私は、ガンがこの位の大きさでこの臓器に出来ていたらどれだけ生きられるかデータを集めて平均を出していると思っていた。調べてみると五年生存率や生存期間中央値を元にしているらしく、感で言っているわけではないが、それより長い人が半分、それより短い人が半分いることになるので、余命宣告されてもあまり当てにならないなと思った。また、抗がん剤は人を殺すもので役に立たないと先生は言っていたが、薬が承認されるまでに試験で有効性が確認されているはずなので、役に立たないことはないだろうと思った。また、ガン細胞は無限に増える訳ではなくその理由はガン細胞をそのままで培養していないからと言っていたが、体内と人工的に培養するのでは環境が異なるので、人工で無限に増やせないから体内でも増えないとは言えないと思った。

創製薬科学科・安藤颯

今回の授業では、抗がん剤治療の有効性や余命宣告について扱いました。抗がん剤は健康な体でも犯してしまい、それによって免疫系がおかしくなり、癌という病気そのものではなく免疫低下のための合併症により死ぬという考えには衝撃を受けました。これまで癌は増え続け、組織を破壊し、機能を失わせる恐ろしいものだと考えていたため、先生の話は鵜呑みにはできませんでした。癌というのはできた部位によって死ぬまでの期間が大きく違うとおもいます。また、発見時のステージにも左右されると思います。そのため、抗がん剤はすべてが寿命を縮めるという意見は行き過ぎなのではないかと思いました。それは抗がん剤というものが存在する理由が人の命を助けるためであると考えたいからだと思います。ただ、抗がん剤投与による免疫不全による死と、癌による組織の機能低下ではどっちが早死にするのかに関してはわかりませんが、興味深い内容ではあると思います。

 

医科栄養学科・鈴木由紀

今回の授業では余命宣告や抗がん剤治療について話し合いました。今まで、もしも癌になり余命宣告をされ、抗がん剤治療をするかという選択を迫られたら、私なら残りの人生を辛い治療に費やすのは嫌だから抗がん剤治療はせず自然に亡くなる道を選択するだろうと考えていました。今回の授業では余命の判断や癌細胞よりも抗がん剤による影響で亡くなる場合が多いということなど今まで考えたことがなかったことを知りました。今まで辛い思いはしたくないから抗がん剤治療は避けたいとただ漠然と考えていましたが、今回聞いたことから、1人の医師の意見だけではなく他の医師の判断を聞いたり、親族や知人、経験したことのある人の意見も踏まえ本当に自分に合うと思える選択をすべきだと思いました。また、余命がどのように決められているのかより多くの人が知り、多くの人の命が救われたらよいと思いました。

2019年1月22日火曜日

理工学部 応用理数コース・川上太一朗

今回の授業では癌について主に話し合いました。先生が最初のほうにそもそも余命宣告はどのような根拠で医者が言うのかということが話題として挙げられました。ぼくは医者がこれまで病院で受けた治療のデータをもとに比較しておおよその期間をおっしゃっているのかなと思っていました。ですが先生が言うには病院で抗がん剤治療を受けた場合にどれくらい生きるのかということを余命宣告として言っているとのことでした。そもそも抗がん剤を投与することにより患者の免疫力を低下させ肺炎などにかかりなくなられていることが本当ならば自分や親、親戚が癌になった場合どのように向き合っていくのが自信にとっていいのだろうと思いました。そもそも癌というものに対して僕自身悪いものであるという風にとらえていました。それはテレビを見たり、親の話を聞いたりした際に、死に至る大病であり、ほおっておくとよくない結果になるのだろうという印象を無自覚に持っていたからだと思います。今回の授業で癌という定義が自分の中であいまいなものへと変わったと思います。また自宅での療養も一つの選択肢として持っておくべ奇異だと思いました。

歯学科・堀江浩輝

期末レポート「"グローバル社会における医療の課題"を通じて学んだこと」

 

私が"グローバル社会における医療の課題"という授業を通じて学んだことは、大きく分けて三つある。それらは、失敗から学ぶことの大切さ・自然の摂理の重要性・常識を疑うことだ。これらはこれからの専門科目の学習でもキーポイントになるのではないかと感じている。特に、後半二つはこの授業の根幹にあると考えている。

 まずは、失敗から学ぶことの大切さについて述べる。これに関しては、最初のあたりの授業で扱った。旅についてなどの意見交換や外部の方を呼んでの授業を通して、大小にかかわらず目標の達成のために計画を立てるが大抵上手くいかないということが実体験も重なって分かった。計画が上手くいかなかった時には、諦めず失敗から学び次に繋げられるかがポイントだと痛感した。「どんなに偉大な発見も計画はできず失敗からの学びの繰り返し」という言葉は非常に印象的であった。グローバル化の進んだ現代、外国を一人旅などしたら知らないことだらけで失敗の繰り返しで当たり前である。したがって、失敗を前向きに捉えセレンディピティに出会えるくらい失敗から学び続けようと決意した。その心構えがグローバル社会をより良く生きていく上での肝要だと考えた。それを自分のものにするためにも、今年の夏休みを利用して東南アジアをバックパックしようと思う。

 次に、自然の摂理の重要性と常識を疑うことについてだが双方絡めながら述べていくことにする。これらは、中盤あたりから常に登場していたと考えている。特に自然の摂理に関しては、大橋先生が何度も口にしていたので要諦であると思う。教科書に書いてあることは正しいのか、戦争に正義はあるのか、薬には真に効果があるのか、がんの余命宣告には根拠があるのかなどのように大橋先生は大多数が当たり前だと思い込んでしまっているであろうことに疑問を投げかけていた。それらのことについて考えるのは正直苦労したが、常識を疑う癖がついて非常に為になった。そうでなければ、メディアなどに騙され続けていたかもしれない。常識を疑う際にポイントになるのが、どこまで調べられていてどこからが調べられていないのかを認識し、現実を知ることだと教えていただいた。思い込みや先入観ではなく客観的事実が大切なのだと強く感じた。そしてまた、自然の摂理に従っているか否かが常識を疑う際の判断基準だと考えた。データは自然の現象に従うとのことなので、情報も自然の摂理に従っているものが正しいだろう。「外部の情報は光波や音波など波でやりとりしているので、体内の情報も波でやりとりしているのでは」という大橋先生の考えは驚いたと同時に腑に落ちた。その理由を考えてみると、自然の現象に沿っていたからだった。

 まとめると、客観的根拠のある判断基準をもち"批判的"かつ多角的に物事を観察、考察でき、失敗にめげない精神力のある人がグローバル社会における医療で求められていると考える。そしてこの授業を通じて、そのような能力をもちお金でなく人の為に尽くせる医療人になれるよう精進していこうと思えた。

 

薬学科•高田正希

今回はがんという病気とその治療法について話し合いをしました。余命宣告は本来出来るはずがなく、抗がん剤治療をするという前提のもとで余命宣告がなされているというのを知りました。また抗がん剤は人間の体には毒であり全く役に立たず、それどころか免疫力が低下して感染症にかかる危険性があるというのは、にわかには信じられませんでした。がんが発生して臓器不全や血管に影響を与えるために死亡すると思い込んでいましたが先生は抗がん剤を投与したために死亡すると仰っていました。なぜ人の死期がが早まる抗がん剤を使うか疑問がありましたが、それは余命宣告を正確に行い、医師や病院の権威を保つためだと聞いてとても驚きました。以前戦争はたくさんの人の命をお金に変えるという話がありましたが、現在でも形を変えて人の命をお金に変えている現状があるのかと、悲しくなりました。しかしこれらはあくまで仮定であり、本当のところはそんな事実はないのかもしれません。

生物資源産業学科 樫原誉

 今回の授業は、抗がん剤治療と余命宣告についての授業でした。

 まず、抗がん剤治療について触れていきたいと思います。皆さんも知っての通り、抗がん剤治療はガン治療の一種だ。抗がん剤は薬物だと先生もおっしゃっていました。そして抗がん剤治療を受けた人は治療を初めて二週間には白血球数(特に好中球)が最低になるといわれています。その時に感染症にかかりやすくなる。それは誰でも知っていることだ。そのほかにも副作用としていろいろ問題なことが起こる。これは脱毛、吐き気、高熱などの症状が出ることが分かっている。副作用が出ると分かっていて、抗がん剤治療を受けたいと思いますか?私は受けたくないです。ま、選ぶのは私たちですが…。

 二つ目は、余命宣告だ。皆さんが思っていたのは、医者が過去のデータや腫瘍の大きさ、場所を参照して決定していると思っていた。だから印象強く残る。と考えた。医者ってすごいね。

 いろいろ考えさせられる授業でした。

歯学科・堀江浩輝

 今回の講義は主に、がんの治療についてのそれぞれの意見と余命宣告の不確かさについてでした。授業の回数が進むにつれて"グローバル社会における医療の課題"の授業題目通り医療のことが話題の中心になり、非常に興味深いことになりました。がんの治療についての意見では治療をしたい人もしたくない人もいて様々な考えが出ました。その中で授業を通して感じたのは、厚生労働省や製薬会社などががん医療を金儲けで利用していてメディアを操作していることで、その影響でがん治療が良いものだと考えている人が多いのではということです。それは少々問題なのではと考えています。そんな中での、「がん細胞株は増殖するががん細胞が増殖するデータはない、がん細胞も死亡していく、がん細胞の転移も証明できていない」は目から鱗が落ちる思いがしました。余命宣告についても"批判的に"考える必要があると思います。そのデータの出所や科学的な証拠などグレーな部分が多いと感じ、もっと詳しく知りたいです。あと、がんに罹患することもいわば"自然の摂理に従っている"と考えたのですがどうでしょうか?

2019年1月21日月曜日

理工学科・応用理数コース・坂上陽俊

今回での講義では余命宣告の話を聞くことができました。余命宣告をする医者にはデータがないとのことでしたが、以前の講義で、職人の経験に肯定的だった気がしていて、だとするならば医者の経験も信じることはできないというのは言い過ぎではないかと感じました。また、本来体の中にないものは毒であり、治療の使う薬も毒薬であるという視点を持てとのことでしたがわからないことが多いとは言っても、ある程度のことが科学的に解明されている現代で薬が毒薬であり治療しないほうが長生きするというのは少し乱暴な気がしました。免疫が下がることによって感染症に早く死んでしまうとしても抗がん剤治療をしなければ結果的に遅かれ早かれ死んでしまい、たとえ長生きすることができた人がいたといわれても、それはレアケースでありそっちのほうが大多数のような言い方をされているような気がして疑問に思いました。

創製薬科学科 1年 吉田 響

今回はがん医療についての話でした。今回の授業では、「がんは悪くない」や、「抗がん剤は役に立たなくて寿命を短くするだけ」、「転移はウソ」など衝撃的なことをたくさん言われました。先生は現在の事実だと言われていることや、治療について批判的で、薬学部の授業で学んだことも批判されたので悲しくなりました。また同時に、自分は授業で聞いただけなので、正しい知識を持っている自信がなく否定できなくて悔しかったです。今回感じたことは事実を知っている人がいないと話し合いが成り立たないと思いました。私も授業で聞いただけで、先生も想像の話なので、終わりには私はよく分からなくなりました。今後、研究者として働くときに同じようなことにならないように勉強を頑張りたいと思いました。

 

 

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総合科学部 荒金万由子

今日の授業は 余命宣告と癌治療についてでした 。余命宣告をされたらどういう風に受け入れるかという話題で私は 延命治療は 延命であって根本的に治すのが 厳しいのであれば 抗がん剤治療はせずに自宅療養をしたいなというふうに思いました。「余命には根拠がない。あくまでがん治療をした人の余命であって癌治療しなかった人のデータは病院ないから分からない。だから癌が悪いものという証拠もない。たいていの人は抗がん剤で免疫力が下がって感染症で死ぬのであって癌で死ぬ人あんまりいない」という話は今まで考えたことがなかったのであまりピンときませんでした。逆に癌治療をしなければ長生きできる根拠もないと思うし 抗がん剤はあくまで大きなリスクを伴う薬てあって 癌がそれで治った人もいるので抗がん剤が悪いとは一概には言えないと思います 。だから抗がん剤は毒でありお金儲けの手段というのはそういう要素も完全に否定は出来ませんが少し意訳しすぎかなという風に思いました。

総合科学部 荒金万由子

今日の授業は余命宣告と癌治療についてでした。余命宣告を受けたらどういう風に 受け入れるかという話題では私は延命治療はあくまでも延命であって根本的に治すのは 難しいので 自宅療養をしたいなという風に思いました 。余命には 根拠がない悪魔で癌を治療した人の余命だって癌治療しなかった人のデータは病院ないから分からないだから勘が悪いものという証拠もない 大抵の人は 抗がん剤で免疫力が下がって感染症で死ぬのであって癌で死ぬ人はあまりいないという話も今まで考えたこともなかったのでピンと来ませんでした 私はゆっくり癌治療しなければ長生きするという根拠もないと 思うし 抗がん剤はあくまで大きなリスクを伴う薬があって癌が抗がん剤で 治ったという人もいるので今抗がん剤が 悪いとは一概には言えないと思います 抗がん剤は毒でありお金儲けの手段というのはそういう要素も完全に否定はできませんが意訳しすぎかなという風に思いました

総合科学部 藤本架音

今日も先々週に引き続き抗ガン剤治療についての授業でした。最初、先生が「余命宣告はどうやってしているか」と仰られたので、「どの位置にどのぐらい進行したガンができたらどれくらい生きられるというデータを踏まえて推測している」と答えました。しかし、それは余命宣告の意味を誤解していたのだと気づきました。余命宣告は「治療した上で生きられる期間」であり、「治療しなかったらどれぐらいで亡くなるか」ということだという意味であることは初めて知りました。私が1番驚いたことはお金の為にガン治療を施して逆に免疫力を低下させ、元々は結核治療で病院の運営を保っていたということです。実際に「泉の会」で末期ガンと診断された患者さん達の年内死亡率は5%以下だということから、ガン治療をしてガンに効果があるか、逆に免疫力を低下させたりする効果はないのかということは患者としては分からないので安易にガン治療に踏み込むことは危険なのかなと思いました。また、ガンの増殖や転移も実際にできたことはなく、研究して作ったガン細胞は自然な状態からは程遠いということも初めて知りました。先生の仰ったことは今それについて学んでいる私たちにはにわかに信じがたいですが、ガンや薬学を一通り学んで研究されてきた先生がそう仰るのだから、知識をただ一方的に教授されている私たちより真実に近いことは明らかだと思います。

2019年1月18日金曜日

薬学部共通学科・宮本真紀

1月16日 ヨガ 6号館201 参加人数13人
今回で4回目だった。久しぶりにしたので呼吸法を忘れていたり、体が固くなっていた。前は出来ていたポーズが出来なくなっていたので続けてするのが大事だと思った。呼吸を意識してやろうと思っても忘れてしまって普通に息をしていたり、止めてしまったりしてしまった。次回はちゃんと意識してやろうと思った。ヨガが終わったら体が伸びていてスッキリした。普段から出来そうなことはやってみたいと思った。

2019年1月10日木曜日

生物資源産業学科 樫原誉

今週は、久しぶりに医療の薬の分野と波についてでした。

 まず、波について先生がおっしゃっていたのは、「波は自然の営みの基本であり、体の情報のやり取りを行っている」だ。私は共感を得れました。その理由は二つあります。一つ目は、体の中にある臓器同士が会話をしていることだ。先週の授業でも各臓器は音(波)を発していることが分かった。けど、物質でやり取りしているのも考えられるが、波のほうがすっきり頭に入ってきました。二つ目は、波は自然界に存在しているからだ。音や振動、光も波の運動である。それは過去の実験者たちが明らかにしたものだ。よって私は先生の言っていることに共感が持てた。

 薬に関して言うと、主作用と副作用があることは誰でも知っているだろう。それは「作用するかどうかではなくて、一定期間症状を抑えるため」だと言っていた。それは驚きだった。けどよくよく考えると分かるような気がしました。

 日常生活を送っていても私たちが知っているのは単なる予備知識にしか過ぎないのかなと思いました。いろいろ勉強になり良かったです。

歯学科・堀江浩輝

1月9日 ヨガ 参加人数:8人

 

 今回で6回目の参加になりました。すごく久しぶりでしたが、お風呂上りに少しヨガやストレッチを行っていた甲斐があり体が自然に動き非常に気持ちよく活動できました。バイトで途中までしかできなかったのが残念です。残り少ないと思いますが、できるだけ参加して体の調子を整える術を身に付けていこうと思います。

総合科学部 荒金万由子

今日の授業は何を信じるかについてでした。「何かを信じるのはやめて自然の営みを信じるべきだ。人は嘘をつく。戦争もその例戦争は成り行きで起こった自然災害のように教えられているが戦争は誰かが意図を起こさない限り絶対に起きない」というお話では今の社会はたくさんの情報や物に溢れていて自然の営にを見失っているように感じました。人は嘘をつくという例で戦争が出されましたがこの授業を受けるまでは教科書にかいてあったことを鵜呑みにしていました。だからまさか戦争が金儲けの手段だったとは夢にも思っていませんでした。そのように私達が信じてしまっている嘘がたくさんあるのだと思います。そして多民族共存これが本来の姿という話では日本は単民族なのであまり他民族と関わる機会が少なかったですが外国人労働者が今後増えれば他人事ではないのだなと思いました。

2019年1月9日水曜日

理工学科・応用理数コース・坂上陽俊

今回の講義で印象に残ったことは、本来、人体にないものを体の中に入れることはよいものではないという考え方でした。これは薬も例外ではないということであり、あらゆる化学薬品は毒素だという視点を持ってほしいという先生の言葉は医学がますます進歩していく現代に逆行するような考え方ではあるなと感じた一方で、行き詰った考え方を打開するものは往々にして今まで否定されていた考え方や、それまで見向きもされなかったような考え方であり、もしかするとこういう考え方が今後の医療に大きな変化をもたらすかもしれないなと感じました。

また、病院でされる余命宣告についても治療を施したうえでの余命なのか、治療も何もせず普段通りの生活をし続けたうえでの余命なのかということについても印象的でした。後者の場合、治療をしなかった患者のデータは病院にはないということが問題であり、そうなると前者が一般的なのか、もしくは医者の経験から予測されるものなのかということが引っ掛かりました。

創製薬科学科・安藤颯

今回の授業は波動の話、染料や素材の話、バトル漫画の話、薬の作用の話など多くの内容を取り扱いました。赤い染料は毒性が強いため危険だという話は初めて聞いたので疑問に思いました。理由として、多くの人が食べるものや身につけるものの安全性について意識をし始めている現在において、危険性が疑われている染料が改良や代替もされずいまだに使われていることに疑問を抱いたことがあげられます。また抗がん剤の話の際、余命宣告に使われるデータは治療が施された後のものであり、治療を受けなかった人のデータは入っていないことを聞きとても驚きました。それが本当なのであればすぐにデータを集めて癌治療の有用性を審議してほしいと思います。ただ、癌治療の有効性についての事実が解明されていない中でも、自分を含め多くの人が、仮に長く生きることができるのならば抗がん剤治療を行いたいと考えているところに、先生のおっしゃる何らかの力が関係しているのかとも思いました。

 

総合科学部 社会総合科学科・村井琢雅

 今回の授業では、今までの授業で不思議に思った部分についてや染料、薬の副作用、主作用の話だった。
 染料についてだが、木綿などの自然の繊維には染料が付きにくく、染料の中でも赤い染料は特に毒性が強いという事を初めて知った。確かに、体への害が少ないものを選ぶことはいいとは思うが、毒性が弱い染料がつきやすい人工のポリエステルなどの繊維が必ずしもいいとは思えない。理由として、染料以前に素材が肌に合うかどうかという問題があると考えたからだ。僕自身、ポリエステルでできた肌着を着ると、発疹ができ、かゆくなる、しかし、綿の肌着だと全くそんなことは起きない。以上から、染料、素材両方に気を付けるべきではないだろうかと考える。
 薬について、主作用、副作用ともに本当はそんなものないということはその通りだと思う。僕は、主作用、副作用というものは、結局はただの便宜的に付けた名称であると考える。
 抗がん剤の毒性の強さはかなりのものであることは知っており、余命がもし3か月であるなら迷わず使うと答えたが、もう一度考えてみると、肝心の抗がん剤がどこまで効果があるのか全く知らないことに気づいた。これを知らずに使おうとするのは恐ろしいことだと思うので、一度調べてみたい。

薬学部共通学科・宮本真紀

今回の授業では、今までの授業で印象に残っていることや疑問に思ったことについて話した。私は、ガンや生活習慣病に根拠がないということが納得出来なくて疑問に思っているが、他の人は波動について話している人が多かった。オイルを持つと呼吸のしやすさが変わったり、波長で人が元気かどうか分かるということも怪しいと思ったのでどんなふうに分かるのか知りたいと思った。
他に薬の話をした。体に悪い薬の例で抗がん剤が挙げられた。抗がん剤はがん細胞だけでなく全身の細胞にも影響があるので、危ない薬だというのは納得できた。ガンで余命が3ヶ月だと宣告された時、3ヶ月というのは病院で治療を受けた時の余命で、治療を受けなかった人のデータはないということに驚いた。私は、治療を受けない方が長生き出来るかもしれないが、治療が上手く効いてガンが治療できることが絶対にないとは言えないと思うので、可能性があるうちは治療を受けたいと思った。

医科栄養学科・鈴木由紀

今回の授業では、今までの授業で印象に残っていることと、薬が体にとっていいものであるのかについて話しました。私は、洋服の染料が体に影響を及ぼすことが印象に残っています。赤い色の染料に使われているものが体によくないことや、木綿は化学繊維より染めにくいから強い染料をつかっているため染めてある木綿より化学繊維の方が寧ろ体にとっていいということは初めて知りました。また、これが以前の授業で行ったアロマオイルをもつことで呼吸がしづらくなることに影響を及ぼすことも知りました。授業後に、実例があるのか気になったのでインターネットで検索すると染料の人体への危険性についての記事がいくつか見つかったので、これからは少し洋服の素材に関しても気を配ろうかと思いました。
授業を通して、技術が発達し現代社会で身の回りにあるものの全てが全て人体にとって安全なものであるわけではないということに気づきました。また、これが自然の摂理に反しているが故にのことであるのだと思いました。発達した技術の恩恵を受けて生活していますが、これからは少しずつその生活を見直してみようかと思いました。

歯学科・堀江浩輝

 今回の授業は、今までに話し合った戦争や波に加えて薬や服についてなど話題が盛りだくさんでした。社会人の方が「漫画やアニメには争いが多く幼いころから争いへの抵抗が薄いのでは」とおっしゃっていて確かにそうかもしれないと感じました。一方、薬学部の人が「悪が倒されるシーンを見せることに意味があるのでは」と言っていて、これにも一理あると思いました。大橋先生が「物事の本質をつかむためには波の理解が大切」とおっしゃっていました。私も体外同様に体内も波で情報のやり取りをしていると考えているので、波動方程式も春休みに学んでみます。一番衝撃的だったのは、基本的に薬には主作用副作用なんて存在しないということです。多くの場合が体に本来無いものを摂取するという"自然の摂理"に反する行為だからだという結論に達しました。また、薬をはじめとする医療は戦争から生まれたという事実はまさに人勧万事塞翁が馬だと感じました。赤は毒性が強く赤い服や下着などは少し危険だそうですが、私には実感がもてません。確かに染料は繊維よりも直接肌に触れていますが、それが日常生活に支障をきたすレベルなのかは疑問が残ります。

2019年1月8日火曜日

理工学科・応用理数コース・坂上陽俊

1月7日(月) ヨガ 参加人数:6人

今回で5回目の参加となりました。インドの先生の指導を受けることはできませんでしたが、初めて参加したときよりも一つ一つの動きに少しだけ意味を感じることができるようになった気がします。ヨガが医学的にどのような意味があるかはわかりませんが、あまり難しいことは考えず、一つのストレッチや体操と捉えてることができれば気持ちよく行えるのではないかと思いました。後期もあと少しですが時間があればこれからも参加したいと思います。

2019年1月7日月曜日

総合科学部 藤本架音

今日の授業では、主に「薬は身体に良いのか」ということを議題に進めました。先生の仰ったことで1番衝撃だったのが「赤色の染料は身体に悪影響を与える」ということです。繊維の素材にこだわる人はたくさんいても染料にこだわる人はあまり居ないと思いますが、赤色の染料が身体に悪いということを知ったら染料にこだわって買い物をする人が増えるだろうと思います。また、「抗癌剤は身体に悪い」というのにも驚きました。確かに今抗癌剤を投与されると言われると抵抗感があるのに、何故身体に良いものだと思っていたのかと不思議に思います。薬は量によって毒になるというよりも、体内に無いものを身体の中に入れることが毒であるということを知っていないと知らないうちに自分の身体に良いと思ってしていることが仇になる可能性があるということを知れて良かったです。

創製薬科学科 1年 吉田 響

今回は、薬が病原体のみに作用するものと、人が本来持っているものと同じものを除きすべて毒だという話が印象に残っています。今までは、薬は病気の治療に役立ち、身体にとっていいものだという認識でした。しかし、今回の授業でちゃんと考えると、普段起こらないことが起こっており、また、主作用・副作用は服用する人によって異なり、都合のいい作用を主作用と言っているだけなので体にとっていいものではないということは明らかだと思います。しかし、今までの研究者は目的の作用が出るように研究してきて、今まで多くの命を救い、私も薬にはお世話になってきました。だから体に悪いからといって薬を飲むことをやめることはなく、今まで通り服用していきます。ただ、これから薬を扱っていく学部なので、改めて、身体に異物を投与しているということを忘れないようにしたいです。

 

 

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薬学科•高田正希

今回は主に、なぜ波長によって人の体調がわかるのかについて話し合いました。この機械はスマホやテレビと同じように波長を利用しており同じようなものであると先生はおっしゃっていました。耳から体から発せられているあらゆる波長を読み取り、そこからその人のデータベースを作り、分析しておかしいところを発見するという方でした。確かにこういった機械があれば便利だし、すごいと思いますが、にわかには信じがたく、またこの機械は人体に悪影響を及ぼさないのかと思いました。
またインドのカースト制度が人々を共存させ、争いがなくなっているのではないかという先生の考え方は少し驚きました。カースト制度によって会社では実力のある人が登用されずにあまり国として発展していないのではと思っていました。事実、インドではカースト制が用いられていないIT関係の仕事では著しい伸びが見られるのがその証拠だと思います。また生まれつきによって仕事が決まっているというのも酷い話だと思いました。