グローバル社会における医療の課題 期末レポート
薬学部創製薬科学科1年 山田 祥熙 4018050396
私はこの講義を通じて、学んだことは大きく分けて三つある。一つ目は、自分の知識の少なさとどう向き合うかである。二つ目は、教育についてである。三つ目に医療の課題である。
一つ目の自分の知識の少なさとどう向き合うかについては、これは、この講義を受ける前から自分自身で感じていたが、この講義の話で出てきた様々な情報に対して、自分の意見を持ち、発表しなければいけないのだが、私は知識不足のためそれができないことが度々あった。例えばどうして戦争が起こるのかについての話である。講義中に戦争は自然の摂理に基づいていない行為であり、自然には起こらないことであるという話が出たが、私は戦争なんて突発的に起こるものだと思っていた。そのため、私は意見を述べることができず、その講義を終えてしまった。次の講義で、戦争は事前に協定が取り決められて、その上で戦争は恣意的に起こされているものだという仮説を、戦後に医学会が急発展したことの根拠とともに出されたとき、私は知識不足を痛感させられた。その解決策として、それもこの講義で学んだことだが、本を読もうと思った。本はネットによる情報と違い、ある程度の信頼がおけるので良いという話であった。私はその事実は認識していたが、これまでそのような時間がないなどの言い訳をして、本を読むことを遠ざけていた。しかし、これからはそのような言い訳をせずに、本を読もうと思う。
二つ目は教育についてである。まず述べたいのは、学校教育についての根幹をなす教科書についてである。この講義で度々教科書は正しくないという話が何度も出てきた。私もその意見には賛成で、時が経つにつれ新たな発見があるから、今の教科書は未来の人から見たら、正しくないのだろうというように思っていた。しかし、実際はもっと深い意味での教科書が正しくないという話であった。その例として、再び歴史の話となるのだが、一つ目の自分の知識の少なさの話において、この歴史の話はしているのでここでは省略する。ここで重要なのは教科書の信用性である。私たちは教科書を絶対的で嘘偽りないものだと信じている人が多いと思う。嘘偽りのある教科書の範囲で試験を行い、その結果で受験の合否を決めたり、成績の順位を決めたりしているが、それは本当に正しいことなのだろうか。私が講義で話を聞いて感じたのは、特に歴史を勉強の科目としている意義が今のところないのではないかということである。歴史を学ぶ意義は歴史上の出来事から自分なりの考察をすることが重要なのであって、決して年号を覚えることに価値はないと思う。私は高校の時、世界史を選択していて、いかに点数を取るか、どうしたら覚えられるのか、そのようなことばかり考えていたので、このような重要な事実を見逃していたのかもしれない。大学生となって何のために勉強をするのかを考えるようになって、またこのような講義を通じて分かった。
三つめは医療の課題についてである。私は薬を飲めば病気は基本的に治るもので、明治以降、日本に取り入れらえた西洋医療は万能なものだと思っていた。しかし、この講義を通じて、西洋医療は決して万能ではなく、今の医療体制に少し疑問を持つようになった。それは、この講義中に出てきた話で、医療は発展しているというがなぜ患者は減らないのかという話である。私は、医療は発展し寿命が延びてきていることばかり注目していたが、なぜ患者の数が減らないのかという話の答えが推測できなかった。その講義の結論は、西洋医療は個々の臓器の個々の事象にばかりにスポットライトが当てられているが、体の構造はもっと複雑であり、体全体あるいは体の周りの環境による影響を無視しているということであった。私がその話を聞いたときは理解できなかったが、患者やが減らないことに対する明確な答えがまだ見つかっていないので、体全体あるいは体の周りの環境を考慮する必要があると感じた。
0 件のコメント:
コメントを投稿